九百八十一 美嘉編 「本当にそれでいいの?」
『いやだ……』
決して大きくないその声が、熱に浮かされたみたいに興奮状態にあった場を一瞬で凍り付かせるのを、僕は目の当たりにした。
沙奈子だった。沙奈子が絞り出すみたいに声にしたんだ。ポロポロと涙をこぼしながら。
それに気付いた秋嶋さんも喜緑さんも、みるみる青ざめていくのが分かった。
僕はもう、何かを言う気にもなれなくて、
「沙奈子…、部屋に戻ろ……?」
と、彼女の肩を抱いて、一緒に部屋に戻った。
ケンカしたいなら勝手にすればいい。だけど沙奈子を泣かせるような人に、この子を守ってもらいたいとは思わない。
沙奈子と一緒に部屋に戻ろうとした時、結人くんの姿が見えた。
結人くんはまた、以前のような軽蔑しきった目を、秋嶋さんたちに向けていた。
その気持ちも、何となく分かる気がしてしまう。僕も、意識はしてなかったけど、そんな目で見てしまってたかもしれないから……。
ドアを開けた僕の背後で、
「あなたたち、それでいいの?。沙奈子ちゃんまで泣かせて、本当にそれでいいの? それがあなたたちのしたいことだったの?」
と、鷲崎さんが諭すように声を掛けてるのが聞こえたのだった。
三月一日。金曜日。晴れてるけど風が少し強い。
今日は、イチコさんたちの学校の卒業式。
せっかくの日なのに、正直、僕の気分は晴れない。
それでも、
「卒業、おめでとうございます」
山仁さんのところに行った時に、そうお祝いさせてもらった。
絵里奈と玲那は一足先にビデオ通話でお祝いさせてもらったそうだ。
「卒業したって言っても、な~んか特に変わったって気はしないけどね」
「別に泣いたりもしなかったし」
「うん。私らはこうしてこれからも毎日顔を合わすことになるしね」
波多野さんと田上さんとイチコさんはいつもと変わらない様子でそう言った。
確かに、僕も卒業式で泣いたことなんてない。むしろもう来なくていいと思うと『清々した』って気分だったかな。
「私も泣いたことなんかなかったな~」
玲那も腕を組みながらうんうんと頷く。
昨日の件は、部屋に戻ってから絵里奈と玲那にも告げた。
すると、
「まったく!。何やってんだよあいつらは~……t」
って怒ってた。
それから、秋嶋さんたちともビデオ通話で話したらしい。その時、秋嶋さんはほとんど何も話さなかったそうだ。拗ねたように押し黙って。
鷲崎さんに言われたことがかなり堪えたのかもしれない。
『沙奈子ちゃんまで泣かせて、本当にそれでいいの? それがあなたたちのしたいことだったの?』
って言葉がね。




