九百六十四 美嘉編 「そういうのをやめないうちから」
二月七日。木曜日、曇り時々晴れ。
沙奈子と友達になる以前の千早ちゃんは、大人に対しても攻撃的だったらしい。特に、自分に歯向かってこない大人には。
結人くんの場合はどちらかと言えば自分に攻撃的な大人にこそ歯向かう感じだったみたいだ。ただ黙って睨み付ける感じだったそうだけど。
千早ちゃんや結人くんがどうしてそんなことをしなくちゃいけなかったのかって言ったら、もう、一にも二にもそうせずにはいられなかったからなんだ。
他人はいつでも攻撃的で、それに対抗するためには自分も攻撃的になるしかなかった。そうすることで自分を守るしかなかった。
そんな風に思い込むしかないような状態にあったんだ。
鷲崎さんと一緒に暮らしてた結人くんでさえ、実のお母さんと一緒にいた頃の記憶を引きずってそうなるしかなかったんだから、当時は現在進行形で攻撃的な人と一緒に暮らしてた千早ちゃんがそうなるのは、むしろ当たり前のことだったのかもしれない。
だから思うんだ。
世の中の『攻撃的な人』って、『攻撃的にならずにいられない状況』にあるんだろうなって。
芸能人とかを滅茶苦茶に口撃してる人たちも、そうやって誰かを攻撃しないといられない状況にあるんだろうなって。
玲那を口撃してた人たちも、ね。
それを想えば、憐れにも思えてくる。
どうしてそんなことがやめられないの?。
結局、そんなことをしなくても済むようにしてくれる人が周りにいないんだなって、そういう境遇なんだなって。
千早ちゃんや結人くんは、そうじゃなかった。だから今は、他人を攻撃なんかしなくても平気なくらい幸せになれた。結人くんはそれに気付くまで何年も時間がかかってしまったけどね。
だけどそれも無理ないのかもしれない。実の母親に殺されそうになるなんて経験をしていたら。その心の傷が癒えて自分の周りに目を向ける心の余裕ができるまでそれだけの時間が必要だったんだろうなっていうのも分かる気がする。
その一方で、波多野さんのお兄さんや、田上さんの弟さんは、今現在も、他人を攻撃し続けてる。
波多野さんのお兄さんは、被害者の人をはじめとしたすべての人を。
田上さんの弟さんは、一時期に比べれば少しは大人しくなったらしいけど、今でもやっぱりネットで他人を『口撃』してる。
その必要がなくなった田上さんと違って、他人を攻撃することで自分から遠ざけてるんだ。
自分のことを守ってくれる人を、癒してくれる人を。
そういうのをやめないうちから守ってくれたり癒してくれたりする人が現れるのは、たぶん、小さな子供のうちだけなんじゃないかな。




