九百六十 美嘉編 「幸せな家庭を築くために」
一月三十日。水曜日。曇り。
僕たちの『幸せ』は、ある意味では薄氷の上にあると言っていいと思う。
と言うか、世間一般の常識で言えば、僕たちはそれこそ『不幸の真っただ中』にいるんだろうな。
なにしろ家族が殺人未遂事件を起こしてその執行猶予の期間中なんだから。
しかも、執行猶予の期間が過ぎたところで世間は玲那や僕達のことを、
『人を殺そうとした奴とその家族』
という目でしか見ない。
『復讐は認められるべき』
とか言いながら実際に復讐しようとした人間を『人殺し』とか罵るんだ。
だって他人からは、ドラマや映画みたいに事情のすべてが見える訳じゃないから。玲那がどんな目に遭ってその結果としてこうなってしまったっていうのなんて、無関係な他人は知ろうともしない。
精々、テレビとかで加害者側に同情的な報道をされたりドキュメンタリーが放送された時にだけ、
『かわいそう』
とか言うだけなんだ。誰も本気で、何があったのか知ろうとはしない。
それで『復讐は認められるべき』なんて、口先だけすぎるよ。
しかも玲那本人が言ってたんだ。
「もしあの時、誰かが止めに入ったりしたら私はその人のことも刺してたと思う。自分の復讐に何の関係もない人も巻き添えにしてたに違いないんだ。
復讐は認められるべきとか言ってる人は、そういうのが起こるかもしれないってちゃんと考えて言ってるの?。自分の大切な人や家族が巻き込まれたって仕方ないと思って言ってるの?。
私は嫌だよ。お父さんや絵里奈や沙奈子ちゃんがそんなことに巻き込まれたら、絶対に許さない。その人が例え、私と同じような目に遭ってきた人だったとしても許さない」
玲那のその言葉は、僕にとっても全く同感だった。
一月三十一日。木曜日。雨。
星谷さんは、ただ自分の受験のために玲那の事件を利用しようとしてるわけじゃない。彼女自身が、そこからたくさんのことを学ぼうとしてるんだ。
将来、大希くんと幸せな家庭を築くために。
玲那や、千早ちゃんや、波多野さんや、田上さんがどうして辛い目に遭わなきゃいけなかったのかその原因を知り、同じ失敗をしないようにするために。
そして玲那は、そんな星谷さんの役に立ちたくて、自分の不幸な経験が彼女や大希くんの幸せの役に立つならと、協力してるんだ。
僕は、そういう風に考えられる玲那を誇りに思う。
自分の苦しみや悲しみを誰かの役に立てたいと思える玲那をすごいと思うんだ。
だけどそれはあくまで、星谷さんや大希くんだからそう思えるっていうのもあるんだけどね。




