九百三十六 美嘉編 「ずっとこうしたかった」
一月四日。金曜日。快晴。
「いや~、今回もなかなか見ものでしたな♡」
昨日、みんなで一緒にお風呂に入った時、星谷さんはやっぱりゆでだこみたいに真っ赤になって照れまくってたんだって。
玲那はそれが楽しかったって喜んでた。
だけどそれは決して星谷さんをバカにしてるわけじゃないのが分かるから、僕も、
『しょうがないなあ』
とは思いつつも別に諫めたりはしなかった。
それに大希くんも、
「楽しかったね」
って言ってて、星谷さんがそれを喜んでいたのも分かったし。
星谷さんが嬉しそうにしてるのが何より僕も嬉しかった。
ところで、今日は、実を言うと僕の会社の新年初仕事。
だから僕は、朝、このまま会社に行く。
「すいません。本当は二日三日と予約が取れればよかったんですが……」
仕事に行くのに必要なものは、昨日、家から持ってきている。それで用意をしてた僕に、星谷さんがそんな風に声を掛けてきてくれた。
「いえいえ、たまにはこういうのも悪くないですよ。それにこの旅館はすごく落ち着けて休めるから、なんか自宅から行くのとそんなに変わらない気がします」
そう応えさせてもらったのも、僕の本音だった。
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
沙奈子との、頬と額へのキスの挨拶は、今も続いてる。そしてそれは、ここにいるみんなが知ってる。だからいつも通りに挨拶を交わした。
誰もそれを嗤ったり冷やかしたりしない。当たり前のこととして受け入れてくれてる。
さらに今日は、絵里奈とも、
「いってきます」
「いってらっしゃい」
と、こちらは軽くだけど本当に『口づけ』を交わした。
するとさすがに、
「お~♡」
って感じで波多野さんと千早ちゃん揃って声を上げた。その隣では、田上さんが照れくさそうに顔を覆いながらも微笑んでる。
その一方で、イチコさんと大希くんは平然としてたし、星谷さんは何となく羨ましそうな目で見てた気がする。
それから今日は、本当に久しぶりに、玲那とも、沙奈子のと同じ挨拶を交わした。
すると玲那は、潤んだ感じの瞳で僕を見て、
「…ずっとこうしたかった。滅多にできないのがホントに悔しい。だけど今日はできて嬉しい……」
って……。
僕だけ先に旅館を出ていくことになるのは残念だけど、でも、こうして玲那を喜ばせることができたのなら、それで十分だ。
長いように感じてた玲那の執行猶予期間も、半分を過ぎた。毎日を確実に送っていれば、こうやって時間は過ぎていってくれる。
僕は改めてそれを感じてた。
そんな僕たちを、星谷さんは、真一文字に唇を結んで真っ直ぐに見詰めてたのだった。




