九百三十四 美嘉編 「対等な取引相手」
『女性専用車両』というのは、あれはあくまで鉄道会社が考える、
『利用者の利便性を考慮したサービス』
の一つでしかないから、それを無視するというのは、鉄道会社に対して迷惑を掛ける行為なんだろうな。
だけど僕は、お客だからって何をやっても言ってもいいとは思わない。
『お客様は神様』じゃない。ただの『取引相手』だ。
山仁さんはそれをわきまえてて、普段の振る舞いの中で実践してるから、大希くんもそれを見倣ってるだけなんだって気がする。
山仁さんは、大希くんを連れて買い物に行ってた時も、店員に対して偉そうにしてたことはなかった。
もちろん逆に謙ったりしてるってわけでもない。ただ淡々と接するだけだ。
以前、いつものスーパーでたまたま一緒になった時に、入ったばかりで不慣れなパート従業員がレジの操作が分からなくなっておろおろしてしまって、少し待たされてしまったことがあった。
そんな時でも、山仁さんは、別に怒ったりもせず、駆けつけたベテランの従業員の指導の下で改めてレジを打ち直してるのを、ただ穏やかに静かに待ってただけだった。そんな様子を、大希くんも傍で見ていたんだ。
しかも、スーパーを出てから大希くんが、
「さっきのお店の人、泣きそうだったね」
と言うと、
「そうだね。失敗したのを申し訳なく思ってたんだろうね。きっと後で、お店の偉い人から怒られるだろうね。だからお父さんは怒らない。失敗は誰にでもあることだから。あの店員さんも謝ってたしね」
って、やっぱり穏やかに応えてた。さらに、
「お父さんはただ、対価を払って商品を手に入れに来ただけに過ぎない。そこでお店の側に多少の不手際があったとしても、ちゃんとそれを申し訳ないと思ってくれてて謝罪もあった。その上で目的の商品も手に入れられた。お父さんは何も損害を被ってない。だから怒る必要もない。
申し訳ないと思ってくれて謝罪もしてるのにお客であることを笠に着て怒鳴ったりするとか、そんなのはお客じゃない。ただのクレーマーだよ。
お店の対応が気に入らないんなら、もうその店では買い物しなければいい。それでお客が減って、でも店の対応が改まらなくて結果的に潰れるんだったら、それこそがお店の責任だよ。
お客は『神様』じゃない。ただの取引相手なんだ。だけどその取引相手を大事にできないようじゃ、取引してもらえない。
だけどこれは、お客の側にも言えるんだ。あくまで対等な取引相手だからね」
それが山仁さんの考え方なんだ。僕もそれが腑に落ちたから、取り入れさせてもらった感じかな。




