表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
907/2601

九百七 結人編 「私、平気だよ」

「沙奈子ちゃん!」


そう叫んだのは鷲崎わしざきさんだった。


「沙奈子ちゃん!!」


喜緑きみどりさんの声もする。でも僕はまず、沙奈子の様子を確かめた。


「頭は痛くない?。腕とか足とか、動かないところはない?」


「うん…、大丈夫……」


僕を見詰める目に、しっかりとした意志の力が見えた。どうやら大丈夫だと実感できて、僕もホッとした。


だけど、


「え!? なに!?」


「沙奈子ちゃん、どうしたの!?」


という声も聞こえてくる。見ると、秋嶋あきしまさんたちが自分の部屋から出てきて覗き込んでいるのが分かった。


そんな中で、結人ゆうとくんは、呆然と沙奈子を見下ろしながら立ち尽くしてた。アパートの照明を背にしているからはっきりとは分からないけど、たぶん、『顔面蒼白』って感じだろうな。


その結人くんに対して、強い視線が向けられているのも察せられた。


非難の目だ。結人くんが沙奈子を傷付けたと思ったんだってすぐに分かった。


それを受けながら、結人くんが歯を食いしばるのが見えた。


と同時に、


「大丈夫だよ、お父さん。ちょっとすりむいただけ」


『お父さん』とは言いながら、まるでその場にいる全員に聞かせようとするかのような、少し大きめの声。


沙奈子だった。沙奈子がスッと立ち上がり、ぐるっと周囲を見回した上ではっきりとそう言ったんだ。いつものこの子には見られない。


いや、そうだ。これは、発表会の時の沙奈子だ。舞台から会場の端まで届く声をちゃんと出していたこの子の姿だ。


だから僕もはっきりと声を出しながら、みんなに聞こえるように、


「そうか。頭は痛くない?。気分は悪くない?」


と、改めて聞いた。というか、聞かせた。


すると沙奈子も、舞台の上でお芝居をするかのようにはっきりと大きく頷いたんだ。


途端にその場に、ホッとした空気が広がるのが感じられた。


だけど……。


だけどそれでも、結人くんへの強い非難の気配はなくならなかった。


「結人!。あんた自分が何したか分かってるの!?」


強い叱責の声。


鷲崎さんだった。鷲崎さんが、僕が今まで見たことのない表情をしながら階段を下りてきて言ったんだ。


「……!?」


それを耳にした瞬間の、鷲崎さんに向かって振り返った結人くんの表情。


僕は、それも一生、忘れられないんじゃないかって思った。


泣きそうな、縋るような、悲しそうな表情だと僕には見えた。


それがすべてを物語ってると感じたんだ。


そこに、


鯨井くじらいくん、私、平気だよ。わざとじゃなかったんだもんね」


この場には不釣り合いなくらいに穏やかで、柔らかい。だけどはっきりと通る力のある声。


沙奈子が真っ直ぐに立ち、真っ直ぐな視線を彼に向けて、そう言ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ