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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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八百九十 結人編 「善も正義も信じられなくても」

十二月一日。土曜日。晴れ。




僕たちは、善とか正義とかというものは信じてない。だからそういうものを建前にした行動はとれない。とりたくない。


僕たちはただ、自分が失いたくないものがあるからそれを失わないようにするにはどうすればいいのかっていうのをいつも考えてるだけなんだ。


それがたまたま、世間一般に言う善とか正義とかに見えることがあるだけだと思う。


綺麗事は嫌いなんだ。僕たちも。


他人からはどんなに綺麗事に見えるようなことをしていてもその裏には常にちゃんと打算があって、自分がそんな打算の下で動いてるのを自覚してる。


そうしないと、


『僕たちは正しいことをしてるんだ!。だから僕たちの言うことに従うのが正解なんだ!』


って相手に押し付けてしまうかもしれないから。


『手を差し伸べられる相手とそうでない相手がいる』


という事実に目を瞑らないといけなくなるから。


自分の行動が『正義』で、すべて『善に基いてる』というのなら、助けられる相手と助けられない相手、ううん、もっと言うなら、


『助けたい人と助けたくない人』


がいるという事実を認められないと思う。


自分の都合で、自分の勝手な主観で『助けたい人と助けたくない人』を作るのなら、僕はそんなものは正義だとは思わない。


だから、『助けたい人と助けたくない人』がいる僕は正義じゃない。


でももし、自分の都合で『助けたい人と助けたくない人』を作ることが正義だとするのなら、それは決して『善』じゃない気がする。


『そんなメンドクサイ考え方してんなよ!』


って言う人がいて、それを押し付けてくるのなら、そういう人も信頼できないし、そんな風に思ってるのは勝手にしててくれて構わないけど、そんな風に言いたいんだなとは思うけど、聞き入れることはない。


また、


『相手の話を聞く』のと、


『相手の言いなりになる』のとは、ぜんぜん違うと僕は思ってる。


これまでにも何度も言ったかもしれないけど、


『子供の話に耳を傾ける』のと、


『子供の言いなりになる』のは、違うと思うんだ。


『子供の話に耳を傾ける』ことと『子供の言いなりになる』ことを混同してる人が、子供の言葉に耳も傾けずに、なんでも頭ごなしに自分に従わせようとするんじゃないかな。


そんなことをする人も、僕には、善にも正義にも見えない。


むしろそういうのは、善や正義というものの間逆にあるもののような気さえする。


と言うか、『独善』ってやつなのかな。


とにかく、そういう矛盾だらけの善や正義は信用できないし、結人ゆうとくんもそんなのは信じてないと思う。


だけど、善も正義も信じられなくても、自分が守りたいと思えるものの為になら、ほとんどの人は頑張れるんじゃないかな。


結人くんだって、ね。



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