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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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八百八十九 結人編 「失ったら惜しいと思えるものが」

十一月三十日。金曜日。晴れ。




「山下さんの作業スピードと正確さには目を見張るものがありますね。なので、もう少しお願いしてもいいでしょうか」


終業時間よりもかなり早く、今日の分の作業を終えられた僕に、課長さんがそう言った。


『ああ、いよいよ試用期間が終わったんだな』


って感じた。


ここまでは残業が出ない範囲の仕事を任されてたんだっていうことは、鷲崎わしざきさんから聞いてだいたい理解してた。


「はい、大丈夫です」


これからは残業が出る可能性が高くなる。となると、沙奈子を迎えに行く時間が遅くなる可能性もあるかな。


という訳で、


「今後、一緒に夕食をとれなくなる日がある可能性がありますね」


夕食の時に、鷲崎さんにそう告げさせたもらった。


すると、鷲崎さんよりも、結人ゆうとくんが、一瞬、


『え…?』


っていう表情をしたのが分かった。だけどそれはホントに一瞬で、僕が思わず視線を向けると、とぼけるように憮然とした表情になって、自分のスマホに視線を戻してた。そこにはいつものように、凄惨な事故現場とかの画像が映し出されてる。


だけど僕には、結人くんが見せてくれたその表情だけで十分だった。彼が、僕たちと一緒に食事することを『当たり前の日常』として認識してくれてたんだって感じられたから。


どんなに『敵意の仮面』をしっかりと被ってても、それはもう、彼の本心のすべてじゃなくなってるんだ。


『善意の押し付け』は、苦しい境遇にいる人を逆に惨めな気分にさせることがあるのを僕は知ってる。だから僕は決して彼に同情の目を向けようとは思わなかった。僕が鷲崎さんと結人くんに『普通に接する』のは、あくまで鷲崎さんは僕の友人で、結人くんはその鷲崎さんの家族でしかも沙奈子の同級生だからというだけのことなんだ。


僕はそれを貫くことを心掛けてきた。


だから結人くんも、無駄に反発する必要がなかったんだと思う。


沙奈子の時は本当に何も分からなくてただただ『運任せ』だったけど、きちんと意識して、この結果が得られることを目的にして、分かっててそうすることができたのが嬉しかった。


ただそれも、


『結人くんとこれまで一緒に暮らしてきたのは鷲崎さんだった』


っていう偶然に助けられたからこそのものだけどさ。


彼と一緒に暮らしてきたのが、彼をこれまで受け止めてきたのが鷲崎さんだったっていう偶然がなければ、たぶん、こんなに上手くはいかなかったと思う。


そうだ。僕だけじゃなく、今、彼の周囲にいる人たちの誰が欠けてもこの結果は得られなかったんじゃないかな。


彼が、ここでの食事ができなくなるのを少しでも惜しいと思ってくれるようになるっていう結果は。


ようやく彼に、失ったら惜しいと思えるものができたんだと思うんだ。



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