八百七十 結人編 「双方の合意の上で」
十一月十二日。月曜日。お昼過ぎから、降ったりやんだりの雨。
新しい職場での仕事は、すごく順調だと思う。給料は確かに前の会社と比べてもすごくいいっていう訳じゃないけど、あれもこれもと期待するのは逆に自分を追い詰めることになるからしないでおこうと思ってる。
お金儲けにきゅうきゅうとしてる会社じゃないからその辺りも程々なんだろうな。
でも、それでいい。僕が欲しいのは、有り余るお金じゃない。無理なく働ける環境なんだ。
たとえ厳しくてもたくさんお金が稼げるところに行きたいと思う人はそれを選べばいいと思う。単に、それを望んでない僕に、
『金が要るんだろ?。だったら文句言わずに働け!』
っていうのを押し付けてほしくないだけなんだ。
もちろんお金は必要だから働くよ。だけど、必要以上には求めない。
それに今は、フリマサイトでの人形服の販売もすっかり軌道に乗ったし、普通にパートで働くくらいの収入なら確保できてるって。
ただ、お客の中にはいろいろ注文の多い人もいて、正直、大変なこともあるらしい。だけどそれは仕事だからと割り切れてるとも言ってた。
本当は、売り手と買い手はあくまで合意の上で売買契約をする訳だから、どっちが偉いとかじゃない、対等な立場のはずなんだ。
なのに、
『自分は金を払ってる客なんだから』
と、『自分の方が偉いんだ!』と横柄な態度に出る人もいるのが情けない気分になる。
売り手側がお金をもらうのは、あくまで商品を売ったからであって、別にお金を恵んでもらったわけじゃない。買い手側は、お金を対価として支払う代わりにその分の価値のあるものを手に入れるんだから、施しをしてやったというのとも違う。
それなのに、お客というだけでものすごく偉そうな態度を取る人がいる。何でも自分の思い通りになるのが当たり前と思ってる人がいる。
だけど僕は、それは違うと思ってる。そんなのはただの横暴でしかないと思うんだ。
お金を払ってるから偉そうにして良いとか、なんでも自分の要望が通って当たり前と考えるのは、おかしいとしか感じない。
どうしてそんなのが蔓延したんだろう?。
それもやっぱり、大人が子供に、
『売り手と買い手の立場は対等で、売買は双方の合意の上での契約によって行われるんだよ』
ということをきちんと教えていないからって気がする。
と言うか、それ以前に、『お客の方が偉い』と思ってる大人が多いんだろうなって気がしてしまう。
それも結局は、そう思ってる大人がまだ子供だった時に、その頃の大人から教わってないからなんだろうな。




