八百五十 結人編 「問題の解決を子供に丸投げした結果が」
十月二十三日。火曜日。薄曇りの一日。
僕は、他人に対して攻撃的な人がどんな結果を生むのかを、ずっとそばで見てきた。僕の両親や兄のことだ。
そして以前の会社の上司や、館雀さんもそうか。
みんな、他人からの反発や反感を買って、もし、何か苦しい状態になっても『ざまあみろ』って思われるだけで助けてもらえない感じじゃないのかな。
少なくとも僕の両親や兄はそうだったと思う。
他人から『助けてあげたい』って思ってもらえないから、騙したり脅したり甘言を弄したりして強引に自分に協力させようとしてた覚えがある。
そんなことをしてた兄は、今、たくさんの人の恨みを買って逃げ回って、もう、生きているのか死んでいるのかさえ分からない。
たとえ普段の態度は攻撃的でも、その上でズルいことをしてる人について『要領よく世の中を渡っていってる』って言う人もいるけど、本当にそうなのかな?。むしろズルいことをしなくちゃいけないくらいに追い詰められてるって考えられないかな。
僕はそんなことをしてまで要領よく生きたいとは思わないな。
それに、そんなのが本当の意味で『要領がいい』とも思わない。
自分が不利な状況になっているのを誤魔化しているだけなんじゃないのかな。
そうすることでしか帳尻を合わせられなくなってるんじゃないのかな。
そんなの少しも羨ましくないよ。僕は、嫌だ。そんな生き方。
結人くんがそんな生き方を選んでしまうかどうかは、彼の周囲の大人、鷲崎さんをはじめとして僕たちも含んだ大人が彼とどう接するかで決まってしまうと思う。
『子供がどういう生き方を選ぶかは子供自身の責任』
とか言う人がいると思うけど、もしそれが本当なら、大人なんて必要ない。大人が子供を育てる必要なんてない。養殖場のように子供だけを集めて、生きていけるように食事とか生活環境だけ提供して、後は勝手に育つのを待ってればいいんじゃないかな。
だけどそんなことをして本当にまともな人間に育つと思う?。周りには未熟で経験に乏しい、何か問題が起こってもその対処方法も知らない子供たちだけで…?。
『子供でも勝手に工夫して何とか解決するだろ』
とか言うかもしれないけど、そうやって子供だけで見付けた編み出した『解決方法』が正しいものだっていう保証がどこにあるの?。
弱い方へ弱い方へとストレスを転化してしわ寄せしてただ誤魔化してしまうようなやり方を選んでしまわないっていう保証があるの?。
って言うか、それ、学校とかでも実際に起こってることだよね?。
教師が子供たちの間で起こってる問題を見て見ぬふりしてる間に取り返しのつかないことになるってやつ。
大人が面倒臭がって問題の解決を子供に丸投げした結果が、イジメ自殺とかなんじゃないのかな。




