八百四十四 結人編 「相手によって、人によって」
十月十八日。木曜日。久しぶりにちゃんとした秋晴れって感じの天気。
顧客と直接向き合いながら仕事をしてる人なら分かるんじゃないかな。
『信頼は、押し付けることじゃ築けない』
ってことが。
それは、親子関係でも同じじゃないかって思うんだ。
仕事でならそれが分かるのに、子供や家族が相手になると途端にそれが分からなくなる人がいるのはなぜだろう。自分の行いに不信感を抱かれるようなものがあるのに、それには目を瞑って、見ないふりをして、
『自分を信頼しない相手が悪い』
って考えたりするのはなぜだろう。
『自分に原因があるとは認めたくない』
っていうのは、間違いなく『甘え』だよね。
親がそんな風に甘えてるのを見た子供が親を信頼できなくなるのは、それはむしろ当然のことじゃないのかな。
人間だから甘えたくなる時だってあるのは当然だと思う。だから『大人なんだから甘えるな!』って言いたいんじゃないんだ。
ただ、自分も甘えたいのなら、相手が多少甘えるのも許さないのはおかしいんじゃないかなってだけで。
僕も、なんだかんだと甘えることはある。だから他人が多少甘えるくらいのことは認めたいと思うんだ。
沙奈子についても、そして結人くんについても。
それを、何度でも自分に言い聞かせる。じゃないとどうしても忘れがちになることだと思うから。忘れて甘えてしまうと思うから。
どうしても甘えてしまう部分はあっても、際限なく甘えていいわけでもないと思うから。大人なら。
いくらでも甘えていいのなら、大人と子供という区別自体に意味がない気がする。少なくとも子供よりは多少自分を甘やかさないように心掛けることもできるのが『大人』なんじゃないかな。だったら子供よりはちょっとだけ、自分自身に厳しくするのが大人というものなんじゃないかなって気がするんだ。
僕がこうやって何度も自分に言い聞かせるのも、それなんだ。
ついつい甘えてしまいそうになる自分にちょっとだけ『甘えないようにしよう』って。
沙奈子がそんな僕の姿を見て、ちょっとだけ『甘えないようにしよう』って思える大人になっていってくれれば。って思って。
でも、沙奈子の場合は逆に、『ついつい甘えてしまう時もある』僕の姿を見倣ってくれた方がいいのかもしれない。
でないとあの子は、辛いことがあっても苦しいことがあっても痛いことがあっても我慢してしまうところがあるから。
『もうちょっと甘えてもいいんだよ』
って言わないといけない部分があるから。
こんな風に、相手によって、人によって、気を付けないといけない部分は変わってくるんだと思う。
そしてそれを理解するには、その人のことをよく見なきゃいけないんだ。




