八百二十一 結人編 「微妙なところなんだろうな」
九月二十八日。金曜日。今日は朝から天気が良かった。少し『秋』を感じさせる空だって気がした。
でも、夜遅くからまた雨が降り出したけど。また台風が近付いてるらしい。以前のに比べれば勢力はそれほどでもない感じだけど。
九月二十九日。土曜日。昨夜から降り出した雨は、朝になってもまったくやむ気配がない。
そんな雨の中、
「じゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい。気を付けて」
と、笑顔の鷲崎さんに見送られながら、星谷さんが手配したマイクロバスに乗り込んだ。田上さんの誕生日パーティーの会場であるあの旅館へと向かうために。
鷲崎さんは、結人くんがやっぱり嫌がってるから一人にはできないということで参加しない。残念だけど、それについては『いつか』ってことで待つしかないか。
「いってきま~す!」
先に乗り込んでた千早ちゃんが沙奈子と並んで窓から鷲崎さんに向かって手を振った。大希くんも一緒に手を振って、沙奈子も小さく手を振ってる。
鷲崎さんの姿が見えなくなると、改めて千早ちゃんが沙奈子に抱きついてた。
その様子を見ながら、
『こっちも今から出るよ~』
という玲那からのメッセージを確認する。
絵里奈と玲那も、星谷さんが手配したハイヤーで向かってるそうだ。
「本当にいつもいつもお世話になってしまってすいません」
マイクロバスの前の席に座ってる星谷さんに向かってそう声を掛ける。そんな僕に振り返り、彼女はいつも通り涼しげな顔で、
「いえ、これは私自身の自己満足のためにやってることですから。どうぞお気になさらずに。それに、山下さんからは立て替えた弁護士費用の返済も滞りなくしてもらっています。それを思えばささやかなものですよ」
確かに彼女にとっては、こうしてみんなであの旅館へ向かうというのは、
『大希くんと一緒に堂々とお風呂に入れるから』
というのがあるからだ。それは、彼女自身が、
「皆さんをお誘いするのはそのためのアリバイ作りですよ」
とも言ってる。彼女がそういうことをぶっちゃけられるのも、僕たちを信頼してくれてるからだろうな。
なにしろ、小学生の男の子と一緒にお風呂に入るなんて、一歩間違えれば『淫行』って言われてもおかしくないだろうし。
当の大希くんが『家族同然のお姉ちゃんたちと一緒の風呂入ってるだけ』という認識で、まったくそういうことを意識してないから成り立ってるというのもあるんじゃないかな。
『なにもそんな細かいことを言わなくても』
って言う人もいるだろうけど、『淫行だ!』って解釈する人だってたぶんいると思う。
その辺りは、微妙なところなんだろうな。




