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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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七百七十九 結人編 「振り返ることもしない」

八月十五日、水曜日。


鷲崎わしざきさんの勤める会社が、CADの経験者を募集してるということで話を聞いてみたところ、


「是非お願いします」


ということだったから、僕はもう思い切って、今の会社に『退職願』を出すことにした。


それを受け取った時の上司の嬉しそうな顔が忘れられない。ニヤアって感じの、ものすごくイヤラシイ笑み。


正直、気分は悪かったけど、それはもういい。僕にとっては大事なことじゃない。


だからすんなり退職が決まって、『もう今週いっぱいで来なくていい』とも言われた。


あまりに呆気ない幕切れに拍子抜けもしたけど、きっとこれで良かったんだよね。




八月十六日。木曜日。


いざ辞めることが本決まりになると、むしろどうして今まであんなに意地になってたのかが分からなくなってしまった。


もちろん、事件を起こした人間と親しくしていたというだけで辞めさせようとするような会社に対して反発したというのはある。そんな理不尽に対して多少の抵抗をしてみせるくらいの維持は張ってみせたかったんだろうな。でもそんなことをしてあの会社が何か変わったかといえば、正直、何一つ変わってはいない。僕のやったことは無駄だったのかと言われれば無駄だった気もする。


だけど、そうじゃないんだろうな。無駄だったかどうかは問題じゃないんだ。大切なのは自分のやったことを後悔しないこと。僕はあの会社を相手にここまで自分の意地を貫いたんだ。それを選んだことを後悔はしないようにしなくちゃ。後悔しちゃ、それこそ無駄だったことになってしまう。


新しいところが本当に僕に合ってるかどうかは分からないけど、少なくとも鷲崎さんが働きやすいところだという点ではかなり良い感じなのかもしれない。


とにかくすぐに次の仕事が見付かったことは良かった。




八月十七日。金曜日。


いよいよ今の会社に通う最後の日。だけど僕には何の感慨もなかった。ただいつものように行って、仕事をして、終わらせて帰るだけだ。


そして実際に、上司とも同僚ともこれといって話もせず、定時には仕事を終えて帰った。必要な申し送りも既に済んでる。そもそも僕はそんなに重要な仕事も任されてない。指示された内容に従って図面を起こすだけだったから。


「お世話になりました」


最後に、一応、社交辞令として挨拶させてもらう。だけど上司は、僕の方にちらっとだけ視線を向けただけで返事さえなかった。


だから僕もそれ以上何も言わずに、会社を後にした。私物はあまり持ち込んでないから持って帰る荷物もほとんどない。


正門を出てからも振り返ることもしない。


こうして僕は、八年ほど勤めた会社を去った。


この会社が今後もこんな形で従業員を追い出したりするのか僕は知らない。僕にはどうすることもできないことだからね。



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