七百七十五 結人編 「本当の姿」
午前の勉強が終わると、結人くんは、自分の夏休みの宿題のプリントを見て驚いたような顔をしたのが分かった。済んだ分のプリントを何度も見返しながら、
「マジか……」
とも呟いてた。
後で鷲崎さんに聞くと、
「それってきっと、そんなに進められたことに驚いてたんだと思います。いつもは本当にぎりぎりになってからでないと集中できなかったから」
とのことだった。言われて僕も納得する。確かにあれはそういう表情だった。
やっぱり、結人くんの『能力』自体は決して低くない。これまで上手く集中できる状態になれなかっただけで、その辺りがちゃんとハマればできるタイプなんだ。
鷲崎さんは優しいけど、要領がいいタイプじゃない。それもあって、今までは結人くんに合う勉強の仕方を見付けてあげることができなかったんだろうな。
だけど僕は、それを鷲崎さんの『責任』だとは思わない。人間は得意なこともあれば苦手なこともあって当然なんだ。鷲崎さんがそういうのが苦手なんだったら、僕たちがそれを補えばいい。今は普段は傍にいられない絵里奈や玲那の代わりに僕と沙奈子のことを見守ってくれてるんだから、このくらいのことはそれこそどうってこともない。
こうして結人くんは、土日の午前と午後に沙奈子と一緒に勉強することになったんだ。
午前の勉強が終わったちょうどその時、
「こんにちは~。沙奈~、来たよ~」
と、千早ちゃんが星谷さんと大希くんと一緒にやってきた。
そして、沙奈子の姿を見るなり抱きついて、
「う~ん、この感触。この感触がたまんない!」
って言いながら自分の頬を沙奈子の頬に擦り付けていた。もうすっかりおなじみになった光景だ。それを、結人くんは呆れたような目で見てる。だけどそんな彼の態度を誰も気にしない。目くじらを立てるほどのことじゃないからだって分かってるから。
彼のそれは、世間という敵と戦う為のポーズだから。僕たちは別に、彼の敵じゃないから。敵じゃない彼に対してムキになる必要がない。いずれ自分で気が付けば、それが子供っぽい意地の張り合いだったと悟ることもあるんじゃないかな。
僕たちはただそれを待つだけでいいと思うんだ。拙い彼の挑発に乗るのは、大人として恥ずかしいことだと思う。
なにしろ、その後に、沙奈子と千早ちゃんと大希くんが作ったビーフシチューを黙って美味しそうに食べてたからね。
結局、それが彼の『本当の姿』なんだと思うんだ。
そういう部分をちゃんと見付けてあげられるかどうかが、彼にとっては大事なんじゃないかな。




