七百七十二 結人編 「もっとずっと苦痛なんだ」
八月八日。水曜日。
僕は、他人が自分の思うとおりにならないのが嫌だと考える人とは合わない。だからそういう人が僕から離れていってくれるのはむしろ嬉しいとさえ思う。そういう人に期待には、応えられないから。
僕が鷲崎さんと仲良くするのを『浮気』みたいに捉える人もいるかもしれない。そしてそれを理由に離れていってくれるなら、逆にありがたいな。そんな風に考える人の考え方に合わせることはできないから。
だけど、僕にはまったくそのつもりはないし、鷲崎さんの方も僕が気持ちに応えられないのを分かった上で隣人として友人として傍にいるだけなのを邪推して苛々するのって、疲れないのかなって僕なんかは思う。そんな生き方はできそうにない。
それでなくてもこの世にはストレスが多いのに、他人が自分の思い通りに動かないことに対してまでイライラするのなんて、大変だなって思うんだ。
どうしてそんなことが気になるんだろう。
自分の思い通りに動かなかっただけで『裏切られた!』とか考えるのって、わざわざ自分から不幸になりに行ってるよね。
そう考えてる自分は、他人の思い通りにできてるの?。他人が思い描いてる通りに振る舞えてるの?。
とてもそうは思えないし、そんなことは不可能だと思う。
だって自分と他人は『別の人間』なんだから。価値観も考え方も感じ方も違うのに、それで完全に合わせられるとか、有り得ない。
自分が面白いと思ったドラマを他人が面白いと感じないことに怒ったり、逆に、自分が面白くないと思ったドラマを他人が面白いと感じてたらそれを馬鹿にしたり、そういう様子を見てるだけでも、他人の思い通りにできてないよね。
僕たちはそれを『おかしい』と思うからこそこうして一緒にいられる。お互いを支えようと思える。
絵里奈や玲那の思うとおりに完璧には僕はできないし、絵里奈や玲那も、僕の思ってる通りには完全にはなってもらえてない。
だけどそれで当たり前だと思うんだ。僕たちはそれぞれ別の人間なんだから。他人が自分の思い通りにならないことを認められるようになれば、随分と人生が楽になるんじゃないかな。そんなことでいちいちイライラしなくて済むようになるんだから。
実際に僕は、そのおかげで穏やかでいられてる。
特に、玲那が事件を起こしてしまったことに対してキレたりしなくて済んでるんだから。あれなんてそれこそ、『僕の思ってる通りに玲那が動いてくれなかった』典型だよ。僕はそんなことしてほしくなかった。
でも玲那は、僕の思ってる通りにはできなかった。
それでも僕は、あの子のことが大切なんだ。僕の思ってる通りにはできなくても、たとえ迷惑を掛けられても、僕はあの子を見捨てることはできない。
あの子を見捨てることの方が、僕にはもっとずっと苦痛なんだ。




