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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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七十七 沙奈子編 「献身」

情けは人の為ならず。


そういう言葉があるけど、それが『情けを掛けるのはその人の為にならない』っていう意味じゃなく、『人に情けを掛けることは、誰かの為にすることではなく、結局は自分自身の為にすることなんだ』っていう意味らしいと知ったのは、いつの頃だったかな。


沙奈子がこんなに優しい子でいてくれるのは、彼女の元々の性格ももちろんあるとは思う。ただそれと同時に、僕が彼女に対してやってることをそのまま返してくれてるだけっていうのも感じるのは事実だった。


相手の気遣いにただ甘えて何も返そうとしない人もいるのは確かでも、全員が全員そうじゃないよな。それに、普段なら気遣ってもらえたらそれを返したいと思うような人でも、相手によっては返そうっていう気になれない場合もあるよな。だから、自分の方からその人のことを気遣うっていうことが大事なんじゃないかなって、最近は思えるようになってきた。でも、やっとそう思えるようになっただけで、まだまだ実行できるところまでは行ってないのもそうだけどね。今はまだ、沙奈子に対してだけかなあ。意識しなくてもできるのは。


「ありがとう、沙奈子」


思わず抱き締めながらそう言うと、彼女も『うにゅ~』って感じで和んでくれるのが分かった。すると、今日あったいろんなことが僕の中で重く凝り固まってたのがほぐれていくように感じた。ほぐれながら、でも消えてしまうんじゃなくて、僕がこれからいろんなことを考える上での参考になるように心に残る感じだった。


そうやって落ち着いて、気持ちを切り替えて今日も一日を終える準備を始められた。風呂に入って体も休めて、布団を敷いて寝る準備をして、髪を乾かす間のわずかな時間でも沙奈子を膝に寛いで、今日は10時を少し回ってしまったけど、一緒に布団に入ることができた。


「…」


沙奈子がまた、僕の腕を枕にして無言で見詰めてくる。それに応えて額にキスすると、彼女がすごく嬉しそうな顔をしながらもじもじもぞもぞ体をよじった。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


そのやり取りの後もしばらくもそもそ動いてた沙奈子が静かに寝息を立て始めて、それからさらにしっかり眠ったのを確認してから、僕はそっと腕を抜いて枕と入れ替えた。


そして、彼女の寝顔を見ながら今日のことを思い出す。


この寝顔が、突然いなくなったら僕はどうするだろう?。きっとパニックになってうろたえて、何が何だか分からなくなって、でもそのうちに以前の僕に戻ってしまうんだろうなって思った。ただ死んでないだけで、生きてるとも言えないようなロボットみたいな僕に…。


そう考えただけでぞっとする。沙奈子のことを忘れたみたいに無気力に毎日を過ごす自分を想像するだけで、頭がおかしくなりそうだ。何故か彼女の後を追うみたいな考えが浮かばないのは、僕が死後の世界とか生まれ変わりとかを心底信じてないからかもしれない。死んだって彼女に会えるわけじゃないと思ってるからかもしれない。だけど、会えないことと同じくらいに、彼女を忘れてしまうことが嫌だった。僕が忘れてしまったら、この子が生きてたっていう証拠が何もなくなってしまう気がした。そんなのは辛すぎる。それじゃこの子は何のために生まれてきたのか、それこそ分からないじゃないか。


なのに、彼女のことを忘れたくないと思いながら、たぶん一人になってしまったら僕はきっと彼女のことを覚えていられない。ドラマのように都合よく、一生忘れないなんて自信をもって言えない僕という人間を、めまいがするくらい思い知らされる気分だった。


沙奈子のことをこんなにも大切に思いながら、同時に何もかもを他人事として切り捨てられる冷淡で冷酷な面を持つのも、間違いなく僕という人間なんだ。彼女を失ったら、僕はまた、そういう自分と一緒に生きていくことになるんだろうな…。


伊藤さんと山田さんみたいに、大切な友達を忘れない為にお互いに姿を似せようとするくらいのことが僕にはできないっていうのが分かってしまうんだ。


ただ、それと同時に、伊藤さんと山田さんがそういう風にするのは、そうしてないとその友達のことを忘れてしまうかもって思ってるからかもしれない気もする。そうだよな。忘れないようにするっていうことは、忘れてしまう可能性があるのを分かってるからだよな。それを分かった上で忘れないための努力をできるってすごいと、素直に思えた。僕には無い発想だったから。


親からの虐待が原因でリストカッターになったっていうその友達は、どんな人だったんだろう。伊藤さんの話だと、普段はとても明るくて二人のお姉さん的な存在だったみたいだけど、それもきっとそういう一面があるっていうことなんだろうな。自分を傷付けなきゃ生きてる実感が持てなかったり、自分がまだ生きていたいと思ってることを実感できなかったりって、どういう状態なんだろう。


僕はなぜか、自殺したいみたいなことを思ったことがあまりない気がする。全然なかったわけじゃないとは思う。何度か考えたことがある気はする。だけど何か、それすら実感がなかったかもしれない。いてもいなくても構わないっていうのが行き過ぎて、死ぬことさえ面倒臭いって思ってたのかなあ。何も考えずにただ機械の様に同じことを繰り返すのに慣れ過ぎて、死のうとすることでそのパターンを崩すのが嫌だった。なんてことも僕なら考えてそうだ。それはそれで人間味が無さすぎて、逆に背筋が寒くなる。死にたいって考える方がまだ人間らしいんじゃないかな。


そう考えると、自分の異常さがますますはっきりしてきた気がする。でも、だったら、生きてても死んでても同じだったら、やっぱり騙されてたっていいから沙奈子のために生きたっていいよな。捨てる価値すらない命なら、この子のために使ってもいいよな。うん。そうだよ、やっぱりそうしよう。この子のために生きて、この子のためにボロボロになって死んだっていいじゃないか。無価値な命なら。


それでもし、沙奈子が少しでも自分に価値があるんだって思えてもらったら、僕が沙奈子のために命を使っていいと思えるくらいの価値はあると思ってもらえるなら、それが彼女にとっての生きる気力になるかもしれない。


もちろん、そんなドラマの演出みたいに上手くいくとまでは思わない。そんな調子のいい話は現実には無いと僕だって分かってる。だから現実で生きていくのは大変なんだってこともね。ただ、結果としてそうなったらいいなあっていう、僕の勝手な思い込みだ。でもそんな思い込みでも生きていくうえで役に立つのなら、それはそれでいい、よね。


だけどそれすら、とりとめのない思考の一つでしかないのも事実だった。目の前で静かに寝息を立てるこの子を明日も守ってあげるために、非力で無力な僕がどうにかしようと足掻いてるだけだっていうのも事実なんだけど、それでやっと何とかなってるっていうのも確かなんだと思いながら、僕はいつしか眠りについていたのだった。


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