七百四十三 結人編 「子供みたいに」
七月十四日。土曜日。『暑い』のは当たり前だからただ暑いだけなら触れないでおこうと思ったけど、今日は『暑すぎる』。朝から。
ちょっと日差しに当たっただけで皮膚がじりじりと焼けるのが分かる。
「今日は本当に気を付けてくださいね」
先週は大雨で行けなかったからさすがに今日はと思ったし、ちょっと大変だけど絵里奈と玲那に会いに行くために出掛けようとした時、日傘をさした鷲崎さんにアパートの前で見送られた。彼女の心配も分かるけど、こうやってわざわざ一階に降りてまで見送ってくれることが申し訳なかった。
「今日みたいな日は大変だし無理して見送らなくていいんだよ」
と言う僕に、彼女はちょっと頬を膨らませつつ、
「先輩のこと諦める代わりなんですから、これくらいは好きにやらせてください。ぷんすかぴ!」
だって。ただでさえ丸い顔がまん丸になって、すごく『可愛い』と思ってしまった。そのせいで僕の頬も緩む。
「あ、今!、私のこと『子供みたい』とか思ったでしょう!?」
そんな風に言われると余計に、ね。
「いやいや、『子供っぽい』とは思ってないよ。『可愛い』とは思ったけど」
僕がそう返すと、かあ~っと顔が赤くなって、
「もう!。ほとんど同じじゃないですか!、先輩のバカ!」
なんて、きっと周りから見たらじゃれ合ってるようにしか見えないんだろうな。何気なく沙奈子の方をちらりと見たら、彼女も目を細めて微笑んでた。この子も鷲崎さんのことが好きなんだ。もしかしたらこういう時、鷲崎さんに対してヤキモチを妬いたりってこともあるのかもしれないけど、沙奈子はそんな風にヤキモチを妬かなきゃいけないほど精神的に追い詰められていないんだろうな。その必要がないんだ。
もしかしたら、今なら鷲崎さんとでも結婚は上手くいってたのかもしれない。ただ、今の僕になったのは、あくまで沙奈子や絵里奈や玲那に出逢えたからだし、それがなかったらこうして彼女を受け入れてもいなかったかもしれない。そう考えると、この結果自体に意味があるんだろうなって思ってしまう。
それに、鷲崎さんはとてもいい人だ。きっと彼女にもいい出遭いがあると思う。僕が絵里奈と出逢ったみたいに思いがけない形だったりするかもしれないけど、そもそもそういうものなんじゃないかなって気もする。
「鷲崎さんは本当に可愛い人ですよ。素敵です」
別に意識しなくてもそんな言葉が出てきてしまう。
するとますます彼女の顔が真っ赤になった。
「先輩のイジワル!。どうして大学時代にそんな風に言ってくれなかったんですか!?。あの頃、そんな風に言ってもらえてたら、私…、私……!」
そう言って鷲崎さんは踵を返して階段を駆け上がって自分の部屋のドアを開けて、
「べーっ!!」
って、子供みたいに舌を出して部屋に入ってしまったのだった。




