七百三十八 結人編 「彼なりの意地」
七月九日。月曜日。昨日に引き続いて天気がいい。と思ったら、三時過ぎから雷雨になった。でもそれは、『夕立』って感じだったな。
『僕たちの人生は、他人を楽しませるためにあるんじゃない』
改めてそう思う。他人の不幸を見てホッとする人の娯楽になんてなりたくない。
ただ、同時に、現に起こってる不幸を見て見ないフリをするというのも違う気がする。現実の不幸に比べればフィクションの中で起こってることなんて所詮は絵空事なんだからそんなに目くじら立てる必要もないと思う。
だって、現実に起こってることじゃないんだから。
現実の不幸を見たくないからフィクションに逃げ込んで、フィクションの中で起こる絵空事の不幸にムキになるのも違うんじゃないかな。それって、現実を受け止められてないってことじゃないかな。
そんな風に感じてしまうんだ。
実際に僕が経験してきたことに比べれば、フィクションの中のことは結局は<嘘>なんだし。本当に苦しんでる人は存在しないんだし。
その一方で、誰でもが現実と真っ向から向き合えると思い込むのも危険なのかな。僕にできたことが他人にもできると信じ込んでしまうのもマズい気がする。
そういう意味で、鷲崎さんや結人くんが、僕と沙奈子みたいにできなくてもそれはむしろ当然なんだと思う。鷲崎さんも結人くんも、僕でもなければ沙奈子でもないんだから。
だから焦らない。急がない。僕のやり方を押し付けたりしない。鷲崎さんには鷲崎さんの、結人くんには結人くんのやり方があるんだ。
でしゃばり過ぎないように、でも見捨てたりもしないように、傍にいたい。
面倒臭いかもしれない。他人のために気を遣うなんてバカバカしいと思えるかもしれない。でも僕はあの二人のためにはそうしたいと思う。そうしたいと思える人たちだから。
鷲崎さんにも結人くんにも、幸せになってほしい。特に結人くんについては、多くの人は『むかつくクソガキなんか不幸になればいい』って思うかもしれない。だけどそれは、彼のことをよく知らない人の勝手な妄想だ。彼のほんの一部分しか見ない人のね。
彼は沙奈子によく似てる。
昨日も一緒に夕食を食べたけど、愛想良くはできなくても、好き嫌いが激しくて野菜は全然食べなくても、彼は僕たちに対しては攻撃的じゃない。僕との距離感を掴みあぐねてた頃の沙奈子と同じ目をしてるんだ。戸惑いと不信感と、でも同時に拒絶しきれずに慎重に様子を窺ってる。
そういう複雑な気持ちで揺れ動いてるのが分かるんだ。
それと同時に、彼の場合は、彼なりの意地みたいなものもあるんじゃないかな。




