七百三十三 結人編 「そういう場所を」
七月四日。水曜日。今日は朝から厚い雲に空が覆われてた。予報ではこれから強い雨になるらしい。
実際、僕が仕事を始めたころに、雨が降り出した。しかも時間が過ぎるごとに風も強くなっていく。台風の影響なのかな。
沙奈子も、玲那も、千早ちゃんも、結人くんも、『子供はとにかく大人の言いなりになってればいいんだ』っていう大人に虐げられてきた子たちだ。
それは、まぎれもない事実なんだ。
冷静に考えることもなく、客観的に考えることもなく、ただ『子供はとにかく大人の言いなりになってればいいんだ』っていうのを狂信的に信じ込んでた大人があの子たちを苦しめた。
その事実を見ないふりなんて、今の僕にはもうできない。『子供はとにかく大人の言いなりになってればいいんだ』っていう考え方を肯定することはできない。
大人だって間違うし失敗するんだ。そんな大人の言うことにただ無条件に従っていればいいなんて、怖すぎる。
しかも、自分の間違いを認めない大人の言いなりになるなんて。
だから僕は、もし、沙奈子が言うことを聞いてくれなかったりした時には、僕の言ったことに何か間違いがあったのか、おかしなところがあったのか、言う通りにするとよくないことが起こる可能性があったのかっていうのを省みたいと思うんだ。
『僕は間違えない。失敗しない』なんて思いあがりたくないんだ。
これまで上手くいってたことだって、そうすればこうなるって分かっててやってたわけじゃないし。
世間で常識だと思われてることを敢えて疑うのを、『空気が読めない』とか『何様だ』って批判するのは勝手だけど、前にも言ったとおり、現場を見ないで、そこにいる人を見ないで、好き勝手言ってるだけの人の言葉には耳を傾けることはできないよ。話を聞くだけは聞いても、聞き入れることはできない。
沙奈子に、玲那に、千早ちゃんに、結人くんに対して責任を負ってるのは僕たちなんだ。その事実を認めることもできない人なんて、信じられないよ。
だけどそれは、逆を言えば、他人の家庭の事情とかには迂闊に口を出せないっていう意味でもある。
だから、千早ちゃんのお母さんに、波多野さんのご両親に、田上さんのご両親に、『あなたのやり方は間違ってます!』と強く言えない理由でもある気がする。
僕は、千早ちゃんの、波多野さんの、田上さんの『保護者』じゃないから。責任を負ってるわけじゃないから。
山仁さんが波多野さんのご両親に対して敢えて強く言わないのもそれだと思う。
でもその分、千早ちゃんや波多野さんや田上さんが自分の意志で『癒されたい』と思ってくる場所を、安らげる場所を、守ってあげたいと思ってるんだろうな。そして僕も、それに協力したいと思ってる。
そうすることで救われるのなら、何かが変わるのなら、そういう場所を守るのにも意味があると思うんだ。




