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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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七百二十六 結人編 「言うことなんか」

六月二十七日。水曜日。今日は薄曇りだけど、暑くなりそうな予感はあった。実際、昨日よりはマシだったけど暑かった。




『殴ることで教えられることもある』


その考え方についても、僕には違和感しかない。


その考え方を信じてる人は多いのかもしれないけど、『誰もが信じてること』については、疑問すら抱いちゃいけないの?。誰かが言ってたというだけのことでそれを全く無批判に検証することなくただ信じなくちゃいけないの?。


だったらどうして、『結婚して子供を持つのが当たり前』っていう、かつてはほとんどの人がそう思っていただろう考え方を否定しちゃったの?。


自分に都合の悪いことについてはかつて常識だと思われてたものでも否定していいけど、自分が信じ込んでるものについては誰かが疑問を持つことさえ許さないの?。


それって、おかしくないかな。


沙奈子や、千早ちはやちゃんや、結人ゆうとくんのことを思えば分かる気がするんだ。


『殴られる痛み』なんて、千早ちゃんや結人くんが知らないわけがない。『大人の方が強い』なんて、それこそ思い知ってることだろうな。その上で今さら殴ったところで千早ちゃんや結人くんは何も反省しないし、恐れることもない気がする。


沙奈子の場合は逆にひどく大人に対して怯えていたけど、それも結局は、『大人は暴力で自分を支配してくる恐ろしい怪物』という認識しか彼女に与えていなかったんじゃないかな。大人なんて信用できない、心を許すことのできない、分かり合うこともできない『怨敵』だって認識をあの子に植え付けてただけだったんじゃないかな。


僕の部屋に来たばかりの頃のあの子の姿を見ていればそういう実感しかないんだ。


部屋の隅で膝を抱えて少しでも体を小さくしようとして、気配を消そうとして、僕に目を付けられないようにしようとして、怯えた目で様子を窺っていた沙奈子。あれが人間としてあるべき姿だなんて、僕にはまったく思えない。沙奈子を殴って蹴って、煙草の火を押し付けた大人たちは、それを『必要なこと』だと思って、もしかしたらそれを『躾』だと思ってやってたんじゃないかな。


だけどその結果が、固く心を閉ざした人形のようなあの子だったんだ。


殴って何を教えようとしたの?。


殴らなきゃ教えられないことでもあったの?。


僕が殴ったりしなくても沙奈子はこんなにいい子だよ?。


僕が殴ったりしなくても、沙奈子は言うことをちゃんと聞いてくれるよ?。


殴らなきゃ言うことを聞いてくれなかったりしたの?。


考えてみてほしい。自分が言うことを聞きたくない相手って、どんな人か。自分は本当に、『言うことなんか聞きたくもない相手』になってしまってない?。


自分が『言うことなんか聞きたくもない相手』になってしまってるのに、言うことを聞かせようとしてるんだとしたら、それってずるくないのかな?。


だから僕は今、そうならないように気を付けてる。


僕は、『偉そうな大人』の言うことなんか聞きたくないと思ってた。だとしたら僕は、『偉そうな大人』になんかなっちゃダメだと思った。


もし僕がそうなってしまって、それで沙奈子が言うことを聞いてくれなかったんだったら、それはむしろ僕に責任があるはずだから。



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