七百二十五 結人編 「教えられるものが」
六月二十六日。火曜日。昨日は今年一番の暑さだと感じたけど、今日はもしかするとそれ以上かもしれない。
千早ちゃんもそうだったけど、殴られ蹴られして育った子は、すでに『殴られる痛み』を骨の髄まで知ってるんだと思う。僕は、両親からはそこまでひどく叩かれたりはしなかったけど、兄からはよく殴られたり蹴られたりした。僕がただテレビを見てただけの時に、いきなり頭を殴られたこともある。それが何故だったのか、今でもまったく分からない。たぶん、ただ『殴りたかったから殴った』だけなんだろうな。
だから僕も、『殴られる痛み』は知ってる。
「殴ったね!。親父にも殴られたことないのに!」
っていう有名なセリフがあるけど、僕はあれには違和感しかなかった。本当に、子供の頃から、些細なことで周りの子供に叩かれたりしたことさえなかったんだろうか?って思ったんだ。
家でも学校でも、僕は『良い子』のふりをしていて、体罰という形で殴られたというはっきりした記憶はない。僕がどんなに腹の中で他人を馬鹿にして、大人を馬鹿にして、徹底的に見下していても、『死んじまえ!』とか思ってても、大人たちは僕の『良い子』の部分だけを見て僕を評価して、ただ安心しきっていたんだと思う。だけど実際の僕は、間違いなく『悪』だった。周りの大人は、まったくそれを見抜くことができてなかった。
そんな僕でも、兄とか、たぶん幼稚園だか保育園だかに通ってた頃に同じ園児だった子に、叩かれたりしたことはあったと思う。小学校の頃にも、体育の授業か何かで、僕が戸惑ってたら『もたもたすんな!』って他の子に足を蹴られたりしたことがあった気がする。そういう経験さえない人なんて、そんなにいるのかな?。
『殴られる痛み』を全く知らない人なんて、現実にそんなにいるのかな?。
少なくとも、僕の周りには一人もいない。山仁さんには叩かれたことはないと言ってたイチコさんや大希くんでさえ、同級生とかからは叩かれたこともあると言ってた。星谷さんも同じだ。幼稚園に通っていた頃にすぐ手を出す子がいて、その子に叩かれたことは記憶に残ってるって。
もし、誰かが、結人くんの態度が気に入らないといって彼を殴ったりしたら、僕はきっと「愚かなことをする』と思ってしまう気がする。だって、殴って彼に何を教えるっていうの?。
彼は、散々、大人から殴られ蹴られして育ってきた。それが今の彼を作った。そんな彼に今さら殴ることで教えられるものがあるのかな?。




