七百二十四 結人編 「過剰に適応して」
六月二十五日。月曜日。昨日に引き続いて天気がいい。もしかしたら昨日よりも暑くなるかもと思っていたら、まさにその通りになった。
しかも、光化学スモッグ注意報まで。
沙奈子の学校では、光化学スモッグ注意報が出ると外での体育は中止になるらしい。でも、プールは別なのか。これから夏休みに入るまでは、体育の時間はほぼプールなんだっけ。
あと、プールがある日は、毎回、その日の体調とか体温とかをチェックして記入するカードを書かなきゃいけない。それを忘れると、プールに入れないんだそうだ。
それだけじゃなくて、水泳用の帽子を忘れただけでも入れないんだって。
プールがある度に、一人か二人、それで見学する子が出てくるらしい。
最近は、そういう部分が厳しいんだな。なのに、違法建築の塀とかが放置されてたりもする学校もあるんだから、よく分からない。生徒に対しては厳しいのに、自分達が管理してる施設については甘いのか。昔の僕がそれをしったら、
『お前らはいい加減なことをしてくるクセに!』
って、口には出さなくてもきっとそんな風に思ってただろうな。
自分に甘い大人の姿が見えてしまうと、子供に対して厳しくしようと思っても空回りするだけなんだろうな。
だから僕は、沙奈子に対して厳しくしないでおこうと思った。僕がそもそもダメな大人なのに、偉そうにしたって白けるだけだって自分でも分かってしまうんだ。大人の僕が偉そうに厳しくしたら、子供の僕はきっとそれを馬鹿にする。
『偉そうにしてるお前がダメダメじゃん!』
と心の中で舌を出す。だから僕は、沙奈子に聞いてほしいことがある時は、同じ人間同士として『お願い』することにしてるんだ。その代わり、沙奈子からの『お願い』にもちゃんと耳を傾けようと思う。
僕は、相手の話にも耳を貸そうとしない人の言うことは聞きたくないと思う。たとえ聞いてるふりをしてても、心の中では舌を出して馬鹿にする。聞いてるふりをして、適当に済ませてしまうと思う。
自分がそうだから、相手だって僕が偉そうにしたらきっと反発すると考える。それは、相手が結人くんだったらそれこそ顕著に出る気がする。『偉そうな大人』には、彼は反発して聞く耳を持ってくれないだろうな。
だからってそこで言うことを聞かせようとして殴ったりしても、逆効果になるとしか思わない。だって彼は、自分の母親に殺されそうになった子なんだ。自分の母親に殺されかけるなんて恐ろしい目に遭った彼を、力でねじ伏せて思い通りに操れる気が全くしない。
しかも、何人もの大人から殴られ蹴られってして育ったんだ。沙奈子もそうだったけど、暴力に過剰に適応してしまって、たぶん、それでは彼は従わせられないと思うんだ。
『殴られる痛み』を、沙奈子も彼も、すでに嫌というほど知ってるからね。




