六百九十九 結人編 「生半可なことでは」
五月三十一日。木曜日。昨日の雨は夜にはやんでたけど、今朝もどんよりと曇ってた。しかも、昼前にはまた降り出して、しかも雷まで。
それはさておき、ネット上で誰かを罵ってるだけでも、法律できちんと裁けるんだったら、もしかしたらそうしてたかもしれないな。そうしたいっていう思いは確かにある。
だからさ、そういうことをしてる人は、ある日突然、自分の下に弁護士とかから内容証明郵便が届いたり、警察が来たり、裁判所から呼び出しの郵便が届いたりするかも知れないよ。
実際に、それで逮捕された人もいるよね。名誉棄損とかいうことで。
自分のやってることがどれだけなのか、自分で判断できない人って本当に怖いと思うよ。そして今の結人くんは、まさにそれだとおもう。自分が大人から苦しめられた仕返しをするのは当然のことだと彼は思ってるんだろうな。でもそれでまったく無関係な人を、それどころか、彼をここまで助けてくれたはずの鷲崎さんまで苦しめることになるっていうのを、彼は知らないくちゃいけないんだ。それができない限り、彼が幸せになれる道は僕には思い付かない。
誰かを傷付けて苦しめた上で、それを見て彼が嬉しそうに高笑いして、『自分は今、幸せだ!』とか言ってる姿は想像できるけど。
僕がここまでしつこく『復讐』を否定するのは、結人くんに、
「復讐して何が悪い!?」
みたいなことを聞かれた時に、きちんとその理由を説明できるようにしておかなくちゃって思うからなんだ。そういう理由も説明できなくて、『とにかく駄目なものは駄目だ!』じゃ、他でもない僕が納得できない。
もし僕が結人くんの立場で、自分のしようとしてることを止めようとされたら、最低限、筋の通った説明をしてもらわなくちゃ、話を聞く気にもなれないと思うんだ。そんな時、きちんと説明できるようにと思うと、『何故?』というのをとことん突き詰めないと駄目だと感じてる。僕自身がそうでないと駄目なんだ。
ある意味では、僕は、僕自身を説得するためにこんなことを延々と考えてるんだろうな。僕の中にある、他人を攻撃してしまいたくなる僕自身を納得させたいんだ。
僕の経験したことなんて彼や沙奈子や玲那のと比べればそれこそぬるま湯みたいなものだと思う。でも、『大人に復讐してやりたい』みたいな気持ちがあったことも確かに事実なんだと思う。それに沙奈子や玲那のことを考えたら、僕自身もやっぱり復讐したくなる。
そんな僕を説得しなきゃいけないから。
そう考えれば考えるほど、生半可なことでは納得できないんだ。




