六百九十七 結人編 「絶対に納得できない」
五月二十九日。火曜日。今日も曇りか。
何度も言うけど、僕は綺麗事が言いたいんじゃない。実際にこの目で見て状況に触れて得た実感から正直な気持ちを言ってるだけなんだ。
昔は僕も復讐したい側だったから、それを認めてほしいと心のどこかでは思ってた気がする。だけどその実態を見てしまった今では、とてもそれは言えない。
玲那は、実の父親を包丁で刺してしまった時、完全にパニック状態だったらしい。そんな時にもし、その場にいた他の誰かが玲那の実の父親を守ろうとして咄嗟に立ち塞がったりしてたら、きっとその人が刺されてたと思う。
僕は玲那が実の両親にどんなに酷い目に遭わされたのか知ってるから、実の父親を庇うなんておかしいと思うかもしれなくても、事情を知らない人にとっては、普通に、「ただの被害者」に見えるだろうから、つい庇ってしまうなんてことが無いとは言えないはずなんだ。
それが、復讐の怖さなんじゃないかな。前にも言ったかもしれないけど、ドラマやアニメは、すべての状況を見通せる立場で見てるから『どっちが悪い』って分かるかもしれない。でも現実にはそんなこと、まずないんだ。大まかな状況を知ってたとしても、実は本当のことは知らないっていうのもあると思う。事情を聞いてても、その聞かされた『事情』が紛れもない真実であるという保証は何もない。その説明をした人が嘘を吐いている、もしくは大事なことを伝えてないってことは普通にあると思うんだ。
そんな状態で、正しい判断が下せると思う?。僕は思わない。誤解や思い違いや勘違いで、本来、復讐の対象じゃない人が巻き込まれたりなんていうことは十分に有り得るんだ。それを思えば、僕は復讐を認めるなんてできないよ。万が一のことがあった時に責任が取れないから。『復讐していい』と僕が言ったことで、全く関係のない人が巻き込まれて犠牲になったとしたら、どうやって責任を取るんだ?。『正義の前には多少の犠牲はやむを得ない』とでも言うの?。それで犠牲になった人が納得すると思うの?。
少なくとも、そんなことで沙奈子や絵里奈や玲那が犠牲になったら、僕は絶対に納得できないという予感しかないよ。実行した人間はもちろん、『復讐していい』と言った人間も、僕にとっては『復讐の対象』になると思う。
そういうことを考えないで安易に『復讐』を論じることはできないと、僕は知ってしまった。
だから僕は、結人くんを止めたいと思う。彼に復讐を実行させたくない。今度は彼が『復讐の対象』にならないようにね。




