六百九十一 結人編 「家族がそれで苦しむ」
五月二十三日。水曜日。今日は朝から雨だ。あまり強くはなくて降ったりやんだりって感じだけど。
あの『事件』で危ういところを波多野さんと結人くんに救われた形になった女の子は、今はもうわりと平然として学校に通ってるらしい。どうやら事件のショックもそれほどじゃなかったようだ。むしろ、
『あの時助けてくれたお姉ちゃん、めっちゃカッコよかった!』
とか言い出してるらしいというのを、千早ちゃんが情報として仕入れてくれたみたいだ。ただ、その時、その場に結人くんもいたことは気付いてなかったらしくて、彼のことは何も言ってないって。でも逆にその方が良かった気がする。そんな形で有名になるのは彼は望んでない気がするから。
だからこの件についてはもう大丈夫かなとも思った。波多野さんが訴えられるような気配もない。その後警察から連絡もない。接触もない。そのことについては、星谷さんも確認済みだって。
あまり深刻なことにならずに済んだのなら、それが何よりだ。
それよりも逆に、僕にとっては容疑者のことが気がかりだった。どうしてそんな事件を起こすまで放っておかれたのかが気になった。ニュースによると、以前にも似たような事件を起こして、その時は執行猶予付きの判決が出たらしい。しかも、その執行猶予期間が終わってなかったって。だから今回の件でその執行猶予が取り消され、刑務所に収監されることになると星谷さんが言ってた。さらには今回の件についても今度は実刑判決が出て、その分も刑務所にいることになるって。
執行猶予付きという点では玲那と同じだとしても、その後がまったく違いすぎる。
玲那は自分のしたことを心底反省して、もう二度と事件なんか起こさないって誓ってる。だから僕たちもそれを支えようと思ってる。なのに今回の事件の容疑者は懲りもせず似たような事件を起こしてしまった。
反省してなかったのか、それとも反省してても我慢できなかったのかは知らない。でも、反省してなかったのならちゃんと反省するように、我慢できなかったのなら我慢できるように周りの人が力になってあげれれればこんなことにならなかったのにな。って思ってしまうんだ。
僕は、玲那が二度と事件を起こさないように彼女を支えたいと思ってる。絵里奈も、沙奈子もそう思ってくれてる。星谷さんも、千早ちゃんも、大希くんも、イチコさんも、山仁さんも、波多野さんも、田上さんも、鷲崎さんもそう思ってくれてる。
そういう人が周りにいなかったのかな。だからこんな事件を起こしたのかな。これできっと、容疑者の家族も苦しめられるだろうな。
自分の家族がそれで苦しむっていうことを、どうして理解できないんだろう。
僕はそれが残念で仕方ないんだ。




