六百七十四 結人編 「ちょっとした財産」
五月五日。土曜日。子供の日。と言っても、桃の節句にも特別なことはしなかったから、今回も何か特別なことをする予定はない。いつも通りに家族で一緒の時間を過ごすだけだ。
今日もまた、鈴虫寺近くの喫茶店に行くことになる。天気が良くて少し暑そうではあるけど、結構爽やかな感じだからむしろ気持ちいかもしれない。
というわけで、苔寺の近くのお茶屋さんでまたとろろそばを食べた後、鈴虫寺の近くの喫茶店へと向かう。
「いつか織姫と結人くんも一緒にこれたらいいね」
玲那がにっこりと笑いながらそう言った。僕もそれは思ってる。
「結人くんこれまで、こういう穏やかな時間を知らなかったんでしょうね。鷲崎さんは朗らかな人だけど、彼女一人だけじゃやっぱり限界があるでしょうし」
絵里奈の言うことももっともだと思った。
「そうだね。鷲崎さん自身も穏やかな時間を満喫できる状態だったかと言えば、必ずしもそうじゃなかったと思うし」
「結人くんのようなタイプの男の子と一緒だと、さすがにのんびりほのぼのとはいかない気がしますね」
「あ~、それは思うね~。結人くん、その辺りのデリカシーとかはこれっぽっちも持ち合わせてなさそうだし」
そんな僕たちの会話を、沙奈子は静かに見守ってくれてた。
この子が結人くんのことをどう思ってるかは、正直、まだはっきりしたことは掴めてない。学校での彼の様子を「普通」を称するくらいだからそんなに悪印象を持ってるわけじゃないのは感じるけど、かと言って親近感を感じてるとか友達だと思ってるとかそういうのでもなさそうだ。
その時、僕の携帯にメッセージが届いた。
『沙奈子ちゃんのドレス、友達に渡しました。すっごい喜んでました!』
と、鷲崎さんからのものだった。昨日納品したドレスのことだ。
「うお~!、テンション高!」
「大絶賛ですね」
玲那と絵里奈も嬉しそうにそう言う。だって、沙奈子のことだからね。
昨日受け取った一万円についても、当然、売り上げとして計上して、次の確定申告の時に届け出ることになる。あくまで名目上は絵里奈の副収入ってことだけど、間違いなく沙奈子が自分で働いて得た報酬だ。こうやって自分のしたことがお金という形で返ってくることを、沙奈子にもちゃんと理解してほしいと思う。それを教えてあげることも、親としての僕の務めじゃないかな。
あの一万円は、やっぱり大事にクローゼットの中に仕舞われてる。当分、使う気配もなさそうだ。僕がずっと渡してるお小遣いも貯まる一方で、ちょっとした『財産』になってたのだった。




