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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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六百五十七 織姫編 「誰にでも親し気にできることが」

四月二十日。金曜日。


今日は、沙奈子の学校の授業参観と保護者懇談会がある。だから僕も有休を取ってそれに臨むことになる。


ちなみに鷲崎わしざきさんは、在宅仕事なので、仕事の為の時間を別に振り分けることで、休むことなく対応できるそうだ。


「じゃあ、五時間目に行くからね」


ランドセルを背負って玄関に立った沙奈子に告げると、「うん…」と彼女が頷いた。それから僕の体を掴んで引き寄せて、頬に『いってきますのキス』をしてくれたから、僕も沙奈子の額に『いってらっしゃいのキス』を返させてもらった。


すると嬉しそうな顔になる。うん、今日も機嫌がいいな。体調も良さそうだ。このやり取りでだいたい分かる。


玄関を出て集団登校のために集合場所に立つと、次々子供たちが集まってくる。その時、


「ほらほら時間だよ、結人ゆうと!」


と上から聞こえてきた。鷲崎さんが結人くんを送り出す声だった。


「うっせーよ、おデブ!」


「デブじゃない!、私はぽっちゃり!」


いつものやり取りも聞こえてくる。うちは『いってきますのキス』『いってらっしゃいのキス』だったりするけど、鷲崎さんと結人くんのはそれなんだろうな。結人くんの声にも鷲崎さんの声にもちゃんと張りがある。体調も良さそうだっていうのを感じる。


ガンガンと乱暴に階段を踏み鳴らして下りて、面倒臭そうに結人くんが集合場所に向かって歩いていく。


「おはよう」と声を掛けたけど、こちらに視線を向けようともしない。普通なら眉を顰めるところなんだろうけど、僕はそれほど気にならなかった。小学生の頃、近所の人に声を掛けられても挨拶を返さなかったのは僕も同じだった。だから目くじらを立てる必要も感じない。


彼にとってはまだ、周囲の人間は、特に大人は『敵』なんだ。そういう想いは僕にも覚えがある。周りの大人を敵視して、反発してた。不穏なことさえ考えてたこともある。そんな僕が結人くんに偉そうに説教を垂れることはできない。


僕はただ見守るだけだ。彼に変化が訪れるまで。でも、


「こらー!、結人!。ちゃんと挨拶しなきゃダメでしょ~!」


鷲崎さんが結人くんにお説教する。こうやって鷲崎さんがお説教するのも、別に口出しするつもりもない。これはこれで必要なことだろうからね。それに鷲崎さんの言い方は、どこか穏やかでユーモラスで、強いトゲがない。反発を招きにくい言い方だった。だから結人くんも必要以上に反発する必要がないんだと思う。


無視はしてたけどね。


馴れ馴れしく挨拶することがちょっと難しくなった昨今、誰にでも親し気にできることが必ずしも望ましいとは言えなくなってしまったのは残念だけど、いろんな事件のニュースを見てると、それもやむなしなのかなとは思ってしまうな。



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