六百五十六 織姫編 「番だと思うんだ」
四月十九日。木曜日。今日はいい天気だ。
昨日、鷲崎さんが言ってた結人くんの様子については、ひょっとしたらいい傾向なんじゃないかと思ったりした。彼が新しい環境で変わりつつあるっていうね。
もちろん一朝一夕で変わることじゃないのも分かってる。その点では急ぐつもりもない。じっくりと彼の様子を確認しながら、いい方向に変わってくれればそれでいいと思ってる。
星谷さんが千早ちゃんや大希くんから聞いたっていう彼の様子からもそれが窺える気がした。ただ、それを鷲崎さんに伝える時は少し気を遣った。何しろ結人くんはすごくシャイな子だから自分のことを褒められたりすると逆に反発するらしい。良い方向に変わってきてるみたいな話を彼の前でするとかえって悪ぶってしまう可能性も十分にあった。だからビデオ通話とかで話すのは避けて、メッセージという形で伝えた。
「皆さんにこんなに気を遣っていただけて、結人は本当に幸せ者です…」
結人くんがお風呂に入ってる間のビデオ通話で、鷲崎さんはそう言って涙ぐんだ。
でもそれは、鷲崎さん自身の実感でもあった気がする。彼女が勤めてる会社は割と理解のあるところで、結人くんのことで仕事を休む場合にも考慮してくれるそうだった。その点ではこれまでも恵まれてたと言えても、プライベートな部分で身近にそれを支えてくれる人はあまりいなかったんだって。今は湖北に住んでるご両親が心配してくれたり経済的に援助してくれたりはしたらしいけど。
そういう意味で力になれてるっていうのは、僕たちにとってもすごく嬉しいことだった。
「大したことはできないけど、せっかくこうやって親しくなれたんだから、みんなで一緒に幸せを掴みたいからね」
僕がそう言ったのにも、彼女は「ありがとうございます…」ってポロポロ涙をこぼしてた。何だかんだ言ってもこれまで大変だったんだろうなって感じられてしまった。
彼女は大らかで朗らかで細かいことはあまり気にしない人だけど、だからといって無神経で図太いだけじゃない傷付かないわけじゃない。ただ人よりちょっとだけ嫌なことに囚われないようにできるだけなんだ。
鷲崎さんは素敵な女性で、すごくいい人だよ。彼女みたいな人が幸せになれないとかおかしいと思う。これまではちょっと巡り合わせが悪かっただけなんだ。
僕も、沙奈子も、絵里奈も、玲那もそうだった。ううん、それだけじゃない、千早ちゃんも波多野さんも田上さんもそうだ。すごくいい子だけど、いい人だけど、巡り合わせに恵まれなくて辛い思いをしてたりしただけなんだ。
山仁さんみたいな経験をしてきた人だって幸せになれる。
今度は鷲崎さんと結人くんの番だと思うんだ。




