六百四十七 織姫編 「今日から六年生」
昼前、当然のように千早ちゃんと大希くんと星谷さんがきた。
子供達は今日は久々にホットケーキを作ることにしたらしい。そうなるとそれこそ手慣れたものだから、任せておけばいい。しかも、キッチンでは千早ちゃんと大希くんが、コタツの方では沙奈子がカセットコンロを使って僕たちの分のホットケーキを焼いてくれた。
そんな三人を見守りながら星谷さんが話し掛けてきた。
「結人くんの様子はいかがでしょう?」
それに対しても僕は落ち着いて答えることができた。
「今のところは何か問題があるとは思いませんね。沙奈子も落ち着いてますから」
そう言った時、僕はハッとなるのを感じた。自分が発した言葉に気付いたことがあったんだ。
…そうか、沙奈子だ。この子はホントは暴力的なのがすごく苦手なはずなんだ。フラッシュバックを起こしてしまうくらいに。それなのに、結人くんの前では普通にしていられてる。
これ自体がもう、彼の本質みたいなものを表してるんじゃないかな。よく知らない人からすれば彼は粗暴に見えるかもしれないけど、本当はそういうのを望んでないんじゃないかって。
だからある意味では確信できた気がする。
きっと学校でも上手くやれるって。明日からのね。
四月九日。月曜日。まだ寒さは残ってるけど、今日からはとにかく沙奈子も六年生だ。
そう、六年生なんだ。あの子が来てから、もうすぐ二年が経とうとしてる。毎日毎日が手探りだった気がするのに、過ぎてみればあっという間だった気もする。
沙奈子は、集団登校の班のリーダーになってた。この班では、本来なら唯一の六年生になる筈だったからだ。でも、そこに同じ六年生として結人くんが加わることになる。でも、彼は急に転入することになったからその辺りの準備ができてなかったし、来たばかりということでただ一緒に登校するだけだけどね。
「沙奈子ちゃんが六年生か~。なんか感無量だな~」
「そうね。私も嬉しい…」
玲那と絵里奈がビデオ通話の画面越しに感慨深げに言ってくる。それに対しては少し照れくさそうにしてるのが分かった。
相変わらず僕の膝に座ってるけどね。この調子だと、少なくとも小学校に通ってる間はこの感じかな。だけどそれがいい。それでいいと思う。
これも相変わらずだけど、今でもちゃんと『いってらっしゃいのキス』と『お返しのキス』はしてる。僕が顔を寄せなくても、体を掴んで引き寄せて、沙奈子の方からしてくれるんだ。そのおかげで僕は元気がもらえて、一日仕事が頑張れる。
会社に行くために部屋を出ると、「おはようございます!」と上から声を掛けられた。鷲崎さんだ。
「おはようございます」と、僕も笑顔で返してたのだった。




