六百四十五 織姫編 「春の嵐」
四月四日。水曜日。今日は鷲崎さんは出社しないらしくて、朝は沙奈子と二人だけで家を出た。でも、部屋を出て歩き始めた時、
「おはようございます!、いってらっしゃい!」
と声を掛けられた。さすがにちょっとびっくりして振り返ると、二階から鷲崎さんがニコニコ笑いながら手を振ってた。
相変わらずだなとも思う。大学時代から、彼女はそういう感じの女性だった。あの頃の僕はそれが逆に苦痛で、なるべく避けようとしてた気がする。でも今は、不思議なくらい平気だ。驚かされたりすることはあっても、決して嫌じゃない。
それはたぶん、絵里奈や玲那と接してきたことでいろいろ慣れたからだろうな。二人にもずいぶんと驚かされたから。そして今はそれが心地好いとも感じるくらいだし。だから鷲崎さんとも無理なく普通に接することができるんだ。
ただ、僕は平気だけど、さすがに毎日毎日、結人くんが望んでもいない一緒の夕食を無理強いすることもできないと思って、たまに誘うという形にすることにした。だから今日も、夕食は別々になる。
鷲崎さんは、「そうですよね~…」と、残念そうにしてたけどね。
四月五日。木曜日。今朝も、鷲崎さんがアパートの二階から「いってらっしゃい!」と見送ってくれた。これからは毎朝この感じってことかな。近所の人とかにどう思われるだろうかとか少し考えてしまった。でもあんまり気にしても仕方ないか。
四月六日。金曜日。また鷲崎さんに見送られながら沙奈子と一緒に山仁さんのところに寄ってから出勤する。
ただ、鷲崎さんの明るさとは裏腹に、今日は朝からかなり曇ってて、お昼ごろからはとうとう雨が降り出した。しかも結構強い雨で、さらには風も強かった。まるでちょっとした台風のような感じさえあったと思う。オフィスの窓に、風で飛ばされてきたらしい何かがガン!とぶつかったりして、一瞬、その場に緊張が走った。幸い、ひびが入ったりもしなかったものの、軽く肝を冷やした感じだ。
沙奈子は山仁さんのところでみんなと一緒のはずだから心配はいらないにしても、鷲崎さんと結人くんのことは少し気がかりだった。まあ、そっちもきっと大丈夫とは思うけど。何かあれば連絡してくれればいいとも言っておいたし。
仕事が終わってから沙奈子を迎えに行って、みんなの無事な姿を確認して、それからアパートに帰った。すると、部屋に入った途端、鷲崎さんから電話があった。
「先輩!、すごい嵐でしたけど大丈夫でしたか!?」
ってことだった。
「ああ、僕も沙奈子も大丈夫だよ。ありがとう」
さすがにちょっと苦笑いになりながらも、僕はそう応えさせてもらってた。




