六百四十四 織姫編 「なにかとアピール」
四月三日。火曜日。暖かい。と言うか、暑い。朝からもう、日が当たってるところにいると暑かった。なんだこれ?。ちょっと前まで寒かったのにこの変わりよう。極端だなあ。
鷲崎さんの仕事はイラストレーターだ。普段の仕事の多くは、広告のイラストを描いたりとか企業のイメージキャラクターを作ったりとからしい。その一方で、小説の挿絵なんかも描いてるって言ってた。しかもそこそこ売れっ子なんだって。
「え?、織姫って、あのデネブ宮国だったの!?」
って玲那が驚いてた。
僕はまったく知らなかったけど、アニメ化もされたことのある小説の挿絵のイラストを担当してたそうだ。
「てへへ、恥ずかしながら…」
そう言って鷲崎さんは照れくさそうに頭を掻いてた。
だから、基本的には在宅仕事で、会社には打ち合わせとかの時に出社するだけらしい。そんな理由もあって、朝に顔を合わせることはほとんどなさそうだった。
でも今日は、その打ち合わせがあるということで出社するそうだ。
「おはようございます。何だかすごく暖かいですね!」
僕が、沙奈子を山仁さんのところに送り届けてから出社するために二人で部屋を出ると、後ろから鷲崎さんがそう声を掛けて追いかけるみたいにして小走りで駆けてきた。服の上からでも激しく自己主張してるふくらみがゆさゆさ揺れてるのが、見ようとしなくても目に入ってしまう。だからとにかく顔を見るしかない感じだった。
「おはようございます。今日は会社ですか?」
「はい!。引越ししましたからあれこれ伝えないといけないこともありますし、仕事の打ち合わせもあって」
僕にそう話しかけてから、
「沙奈子ちゃん、おはよう。今日もお友達のところでお留守番なんだね?」
と沙奈子にも話し掛けてた。沙奈子はそれに黙って頷く。その様子を見る限り、警戒したりしてないのが分かった。でも、この子を良く知らない人が見たら愛想のない様子に見えるだろうな。だけど機嫌はいいんだ。鷲崎さんのことも嫌ったりとかしてない。
ただ、決して嫌ってはいないものの、ちょっと距離を置こうとしてるのは分かる。彼女が僕のことを好きで、なにかとアピールしてくることについては思うところがないわけでもないみたいだ。そんなわけで僕も、鷲崎さんとは節度を持って接しないといけないと思ってる。
それでも、彼女は、山仁さんのところまでわざわざついてきた上で僕と一緒にバスに乗った。
「こうして先輩と一緒に通勤できるとか、嬉しいです!。引っ越してきて良かった!」
だって。でも本当は、もっと遅い時間に出社しても良かったらしい。僕とこうして一緒にいたかったんだというのも、実は分かってたんだ。




