六百二十八 織姫編 「ゆっくりでいいから」
『慌てなくていい。ゆっくりと、順を追って説明して…!』
僕はそう言ったけど、鷲崎さんはすぐに落ち着けなくて、涙声で、言ってることは要領を得なかった。だけど取り敢えず、結人くんが例のクラスの子、宿角健侍くんとケンカになって怪我をして、救急搬送されたらしいということだけは分かった。
「鷲崎さん、バスが来たから、家に帰ったら僕の方から連絡する。そしたらビデオ通話の方で話をしよう」
「…はい……。ごめんなさい……」
まったく…、どうしてこんなことになるんだ……!。
何とも言えない焦燥感と苛立ちを感じながら、僕はバスの中でスマホを握り締めていた。それと同時に、どうしようもない後悔の念にも囚われていた。
こうなる予感はあったはずだ…。だから結人くんの転校も提案したはずだ。どうしてもっとそれを強く勧めなかったんだろう……。
だけどそれはただの結果論でしかないことも分かってる。引っ越しや転校なんてそんなパッと思い付いたからってすぐにできるものじゃない。いろいろ手続きだってしなくちゃいけないし、引っ越し先だって探さなきゃいけない。簡単にできなくて当たり前なんだ。
あれこれ考えてるうちにいつものバス停に着き、降りる。早足で山仁さんの家に向かい、簡単に事情を話して沙奈子を連れてアパートへ帰った。山仁さんのところで話をしようかとも思ったけど、鷲崎さんはまだ、みんなとはほとんどまともに話もしたことがないそれなのにいきなりこういう話をさせるのもどうかと思ったんだ。
あと、沙奈子だけこのまま山仁さんのところで預かっててもらおうかと考えたりもしたけれど、この子に隠れて何かをしてるみたいになるのが嫌で、敢えて一緒に帰った。鷲崎さんのところの事情はこれまでの話でこの子も知ってる。だから今回のことも知ってもらおうと思ったんだ。
アパートに戻って、さっそく、鷲崎さんにメッセージを送った。そしてすぐに絵里奈と玲那にもビデオ通話を繋いで、事情を話して、待機した。
五分ほどして、鷲崎さんがビデオ通話に加わった。
「ごめんなさい…、結人のことでこんな……」
画面の中で俯き加減でそう言った彼女の姿に、僕は胸が痛くなるのさえ感じてしまう。
だけど敢えてそれを抑えて、改めて、
「鷲崎さん、ゆっくりでいいから説明してもらえるかな」
と声を掛けた。
すると、少し時間を置いたからか、彼女もさっきの電話の時よりは落ち着いて話し始めた。
「今日、結人が、クラスの子とケンカして怪我をして、救急車で運ばれたんです…。額を三針縫って、肋骨にひびが入る大怪我でした。命には別条ないそうですけど、このまましばらく入院することになります……」




