六百五 織姫編 「血の繋がった親子でも」
沙奈子を連れて三人でアパートに帰ると、部屋に入るなり、
「みんなでお風呂入りたい……」
と沙奈子が言い出した。
こうやってこの部屋で三人でいられるのはたまにしかないから、この子もそれをちゃんと味わいたいんだろうな。
「分かった。じゃあ、三人で入ろ」
絵里奈がそう応えたのに、僕も異論はなかった。こうやって一緒に入るのがいつまでになるかも分からない。だからこそ、沙奈子自身がそれを望むのなら、拒絶するという選択は僕にはなかった。
午前に絵里奈と一緒に入った時にはあんなに気持ちが昂ったのに、沙奈子が一緒だとそれとは全然違ってた。まるで別のお風呂場に入ってるみたいにホンワカとした柔らかくてあたたかくて穏やかな気持ちだった。
あの時は、絵里奈と、恋人として夫婦として一緒に入ったけど、今は沙奈子も含めて親子として入ってるんだっていうのをすごく感じた。
自分でも不思議なくらい、気持ちが切り替わってる。僕はどこまでもこの子のことを『娘』だと思ってるんだなあって改めて実感した。
でもその時、ふと別なことが頭に浮かんだ。
『そう言えば、鷲崎さんも結人くんと一緒に暮らしてる筈だよね。じゃあ、お風呂とかはどうしてるんだろうか…?』
と思ったけど、すぐ、
『あ、そうか、ビデオ通話で話してる時とかでも、結人くんが一人でお風呂に入ってるらしい様子は何度もあったっけ』
と思い直した。
自分がこうして沙奈子と一緒に入ったりしてるからって、それが当たり前になってるからって、他人も同じなわけないじゃないか。なに考えてるんだ僕は…。
あんまりにもこの状態が自然に感じられることで、もしかしたら感覚がズレてきてるのかもしれないなとか思ったり。う~ん、気を付けないといけないかもしれない。これは決して普通じゃないんだ。これが正しいわけでもない。
あくまで沙奈子がそれを望んでるから応えてるだけなんだ。
もし、絵里奈との間に子供が生まれて、その子が今の沙奈子よりもずっと早く『一人で入る』とか言い出した場合に、今のこれを基準に考えてしまって『家族なんだから一緒に入るのが当たり前だ』なんてことを言ってしまわないように気を付けないといけないと思った。
いくら血の繋がった親子でも、それぞれは別の人間なんだ。考えも感じ方も何もかも親と同じになるわけじゃない。親を真似して見習ってても、同時に周囲にいる他の人からも少なくない影響は受ける筈なんだ。
学校で、
『お父さんやお母さんと一緒に入ってもらってるのとか赤ちゃんみたい』
なんてことを言われてそれで目覚めるってことも十分あり得るんじゃないかな。
それを忘れちゃいけないな。




