六百一 織姫編 「僕は絵里奈に」
千早ちゃんたちは、今日はカレーを作るらしい。
万が一事故があった時に責任を取るために僕はいるだけで、作業は完全に子供たちだけでする。
なんて、今さらだけどね。
当たり前みたいに見慣れた光景を見守りながら、僕は星谷さんに話しかけてた。
「落ち着きましたか?」
それは、山仁さんの告白や大希くんに縋りついて泣いてしまったとかの諸々の件についてのことだった。
すると星谷さんは、恥ずかしそうに少し俯きながらも、
「はい、もう大丈夫です」
と答えてくれた。
その様子がまた、穏やかな包み込むような雰囲気だったと思う。それに思わず見惚れてたら、
「お父さ~ん、ピカがいくら綺麗になったからって惚れたらダメだよ~?」
って玲那が。
だから思わず、
「いや!、だから別にそういう意味じゃ…!」
とか慌ててしまった。
星谷さんも、「あはは…」って感じで苦笑いを。
もちろん玲那のそれは、僕が本当にそんなつもりで彼女を見てたわけじゃないっていうのを分かった上での冗談だ。そうじゃなきゃ、シャレにならないし。
「でも、心配していただいて、本当にありがとうございます。今の私がいるのは、山下さんのおかげでもあるんですよ」
と、星谷さんがふわっと笑みを浮かべて言ってくれた。
正直、僕がもし普通の男性だったら、この時の彼女の笑顔にはドキッとしていたかもしれないと感じる。僕の精神の深いところではいまだに固く閉ざされた部分があり、他人に対して心を許さない分厚くて重くて冷たい壁があるんだっていうのも同時に自覚してしまった。絵里奈以外の侵入を許さない心の壁が。
こうやって親しい知人としてならいいんだ。沙奈子や玲那のように『娘』として受け入れることもできる。だけど、それはやっぱり『知人』とか『父親』とか、ある種の『明確な立場』が前提になった関係なんだ。絵里奈に対するそれとは違う。
本当に不思議だな。どうして絵里奈のことだけはこんな気持ちになれるんだろう……。
僕は、絵里奈のことを愛してる。そしてそれは、沙奈子や玲那に対するものとは明らかに違う。もっと熱をもったドロドロとした気持ち。
絵里奈が欲しい。
はっきりとそう思うんだ。
僕の中で、熱くて激しいものがそう言うんだ。
水族館で『あなたの子供が欲しい』と言われたことで、改めて自覚した気がする。僕の中にもそういう熱を持った感情があったことにね。
そしてそれは、絵里奈以外の女性に対しては、今もまったく感じない。絵里奈以外の女性に対しては、いまだに固く閉ざされてる。
知人として力になりたいとか、父親として受け止めてあげたいとかというのとは違う気持ち。
…ああ、そうか…。僕は絵里奈に『甘えたい』んだ。
自分の弱いところとか駄目なところとかも曝け出して、無防備な姿を晒して、彼女に甘えたいんだ。
他の女性に対しては、今も怖くてそれができないんだ……。




