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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百九十七 「人間関係って」

『あなたと結婚して良かった』


『早くあなたの子供が欲しい』


水族館で楽しそうに水槽を覗き込んでる沙奈子と玲那を見守りながら絵里奈にそんなことを言われて、僕は思わずどぎまぎしてた。


でも、それと同時にすごく冷静にそんな自分を見てる自分もいるのも感じてた。


さらには、


『親と同じ失敗をしそうなのが分かっちゃって、なんか結婚とかに積極的になれないんですよね』


ってことを絵里奈が言ってたはずだって思い出す自分も。


あの時に言ってたことと随分違うなとは思うけど、人間は成長するものだしそれに伴って考え方も変わって当然だとも思う。何より、僕自身がそもそもこうやって結婚してること自体が昔の僕なら有り得ないことだったはずなんだ。


別に、他人が結婚したり子供を持つことを妬んだりなんてするつもりはなかったにしても、自分には関係ないと思ってた。それなのにこれだもんな。


『結婚とか子供を持つとか馬鹿だ』みたいなことを言う人の言葉もどうでもいい。そう思いたいなら勝手にしてればいい。だけど僕は幸せなんだ。絵里奈と一緒にこうやって沙奈子と玲那を見守れることが本当に幸せなんだ。


アニメとかアイドルとかに熱を上げて入れ込んでる人と同じように、僕は沙奈子や玲那を見てるのが楽しくて嬉しいんだ。アニメのキャラクターやアイドルにどんなに入れ込んだって振り向いてはもらえない。それでも愛情を注いだりするんじゃないのかな。僕や絵里奈は、沙奈子や玲那にそういう気持ちを向けてるんだろうな。それを理解できない人には理解なんてしてもらわなくていい。


そしてきっと、絵里奈との子供だったら僕は同じように感じられると思う。もう、そこにいて成長していってくれてるのを見守るだけでも楽しくて仕方なさそうだって感じるんだ。僕の両親がした失敗を繰り返す心配がないから。


僕の両親は、兄をただただ自分達の都合のいいロボットみたいに作り上げようとして失敗した。当然だよ。人間はロボットじゃない。自分の思い通りにはならない。結婚だって同じだと思う。相手が自分の思い通りになってくれると思ってると失敗する気しかしない。


だってさ、自分が相手の思い通り期待通りに完璧にはできないんだよ?。それなのに自分は相手にそれを求めるなんておかしくないかな。お互いに意見があって価値観があってそれを示して折り合いをつけるのが大事なんじゃないかな。それができる相手が、自分に合ってる相手なんじゃないかな。


僕は絵里奈のことをそう感じてる。だからこうして一緒にいることが楽しくて嬉しい。彼女のことが好きだ。それをすごく実感する。


二人で見詰め合って、手を取り合った。指を絡ませてしっかりと握った。僕たちは夫婦なんだ。そして、沙奈子と玲那の親なんだ。それが嬉しくてたまらない。


僕も、絵里奈との子供だったら欲しい。沙奈子も玲那も歓迎してくれる。『何で勝手に生まれてきた?』とか言わない。それどころか『生まれてきてくれてありがとう』って言ってくれる。生まれてきたことを喜んでくれる。


以前の僕には理解できなかった。『生まれてきてくれてありがとう』って子供に対して思えるということが。ただの綺麗事の口先だけだと思ってた。でもそうじゃない。本当にそう思えるんだ。『生まれてきてくれてありがとう』って。沙奈子や玲那に対しても思ってる。絵里奈に対しても思ってる。そして僕自身に対しても。


『生まれてきて良かった』


そう思える状況にいることがすでに幸せだよ。


『結婚とか子供を持つとか馬鹿だ』って?。知らないよ。そんな風にしか思えない人のことなんて僕には関係ない。そんなの、アニメのキャラクターやアイドルに入れ込んでる人に向かって『アニメのキャラクターやアイドルに入れ込むとか馬鹿だ』と言ってるのと同じだとしか思えない。自分がその魅力を理解できないからって馬鹿にするとか、何様だって思う。


むしろ、そんなことしてるから他人から反感買って嫌な思いするんじゃないのかな。わざわざ自分から嫌な思いをしに行ってるだけじゃないかな。


それで『自分は不幸だ』『自分は他人から嫌な目に遭わされてる』とか、どうして自分のことしか考えられないんだろうとしか思わない。


僕自身は、そんなことを考えるのすら億劫だった。だから意図的に誰かに噛み付くこともしなかった。してないつもりだった。ただ実際には、中学や高校の頃にはどこか態度に出てたのかもしれない。だから『信用できないよな』みたいなことを言われたのかもしれない。自分が気遣ってるつもりなのが相手に『演技』に見えてしまったのは、言動の端々に他人をどこかで見下してたのが漏れ出てたのかもしれない。


そう考えると自分が一方的なただの被害者だなんて言えなくなってしまう。僕は自分でも気付かないうちに誰かを傷付けていたのかもしれない。


だから今では、多少何か言われたって仕方ないと思えるようにもなった。相手にそう見えてしまったのなら、それは僕のミスだから。それで相手が僕のことを嫌っても、信用できないと判断しても、構わない。僕にとってどうでもいい相手だったら、それを訂正する手間を掛けようとも思わない。ただ、どうでもいいわけじゃない相手、僕にとって大切な相手に何か誤解を与えてしまったのなら、それについてはちゃんと誤解を解きたいと思うけどね。その手間を掛けてでも。


今なら、沙奈子、絵里奈、玲那はもちろん、鷲崎わしざきさん、山仁やまひとさん、星谷ひかりたにさん、イチコさん、波多野さん、田上たのうえさん、大希ひろきくん、千早ちはやちゃん、塚崎つかざきさんがそう思える相手かな。


だけど、そう考えてみるとすごいよね。僕の日常で身の回りにいる人だけでも、会社とかだけでもものすごい数の人がいるのに、その中でたった十人ちょっとだなんて。たったそれだけの人に自分のことを伝えられればいいだなんて、楽なもんだな。


そういう意味で僕は気が楽なんだろうな。会社の上司や同僚になんて思われてたって構わない。


でも、僕にとってはそうでも、沙奈子や絵里奈や玲那にはまた、別のそう思える人がいるかもしれない。特に玲那にとっては、木咲きざきさんや秋嶋あきしまさん達もそこに加わるかもね。そして木咲きざきさんや秋嶋あきしまさん達にとってもそう思える人がいるんだろうな。人間関係って、そうやって繋がっていくんだな。直接は何の関わりもないと思える相手に、意外なところで繋がってたりするのかもしれない。


そう思うとやっぱり、僕にとってどうでもいい、まったく知らない相手のことも蔑ろにはできないって思える。傷付けたり苦しめたりしていいわけじゃないって思える。


みんながそう思えれば、他人を傷付けたり苦しめたりってことも減るのかもしれないな。



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