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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百九十五 大希編 「人生の先輩」

月曜日から金曜日までは、またこれといったことが何もない、平穏な毎日だった。山仁やまひとさんのことはなるべく触れないでおこうというのが僕たちの認識だった。それが変に他人に知られたらせっかくのあの場がなくなってしまうかもというのもあったと思う。


みんな、ああして集まるのが何よりなんだ。あの一時ひとときがあるから嫌なこととか辛いことがあっても耐えられるんだ。


星谷ひかりたにさんは別としても、波多野さんと田上たのうえさんにとっては特にね。波多野さんに至ってはもうすでに完全に『家』だし。


実家に帰っても、無気力にぼうっとしてるだけのお父さんしかいないそうだ。そのお父さんも、星谷さんが紹介してくれた心療内科でカウンセリングを受けてるからまだそれで済んでる感じらしい。今は別居中のお母さんも似たような状態だって言ってた。


そんな波多野さんのことも、大希ひろきくんと千早ちはやちゃんはあの笑顔で「おかえり!」って迎えてくれるそうだ。だから『ああ、家に帰ってきた。ホッとする』って思えるんだって。


それは田上さんも同じ。二人が「おかえり!」って迎えてくれるから、そしてみんなが受け止めてくれるから頑張れる。


本当は、波多野さんのお父さんやお母さんも救われてほしい。だけどメンツとか体裁とかそういうのがあって甘えられないみたいだな。もっとも、甘えられてもさすがに大人二人まで面倒を見るのは現実的にみて難しい。山仁さんの家もそんなに裕福なわけじゃないし。波多野さんまでならぎりぎり無理せず扶養できる状態って言うか。これでもし、田上さんまで転がり込むとなると、一気に厳しくなる感じかな。


僕も、協力はしたいけど経済的にとなると正直言って厳しい。絵里奈と沙奈子の作る人形の服の売り上げを含めてようやく一息付けてる感じ。それも、さっそく星谷さんが紹介してくれた税理士さんに頼んで確定申告してもらったから、税金を納めるための現金は別に残しておかないといけない状態だ。あるからって使ってしまえない。


今では玲那は僕の子供だけど、別居してて家計も別になってるから実は扶養家族じゃない。絵里奈とはまだ養子縁組を完了してないから、形の上では『僕の養子と同居してる』ことになり、絵里奈の扶養家族ということになってる。また、人形の服を売った収入はあくまで絵里奈の副収入であって、玲那の収入じゃない。その辺りは、事業化することで玲那を従業員とし、給料を払うことでいずれ彼女自身が働いて収入を得てるっていう形にしていきたいと思ってる。いつまでも『無職の前科者』ってことにしておきたくないから。ちゃんと仕事をして、玲那自身が納税して、勤労の義務を果たしてるってことにしていきたいんだ。


僕や絵里奈の扶養家族ってことにしておけば税金とかでもしかして利になることもあるかもしれなくても、それじゃまるであの子が僕たちに寄生してるみたいに思われるかもしれない。それがどうしようもないことなら『他人が何を言ってても気にしない』って開き直れても、できることがあるのにそれをやらずに『気にしない』っていうのも違う気がするから。


それもこれも、絵里奈と沙奈子の品物の売り上げ次第だけどね。




二月十七日。土曜日。今日は少し風が強い。と言っても、普段あまり風が吹かないからそう感じるだけで、普段からこの程度の風が吹いてるところもあるんだろうな。


でもいつもはそうじゃないからちょっと慣れてないっていうのもある。気温は少しマシになってきてる気もするけど風があるから寒いし、散歩がてらあの喫茶店に行こうかなと思ってた予定を変更して、水族館に行くことにした。あそこならほとんど屋内だし。ただ、イルカのショーだけは、屋根はあっても実質屋外か。まあそれくらいなら我慢できると思う。こんな風に思い付きで行けるのも、年間パスを買ってたおかげだな。


ちなみに星谷さんたちは今日も旅館の方に行ってる。先週は、星谷さんが大希くんに縋りついて泣いてしまったそうだけど、はてさて、今回はどんなことが起こるのかな。って、なんかそれが楽しみみたいになってしまってるな。


その星谷さんは、最近、すごく雰囲気が柔らかくなった気がする。先週、大希くんに縋りついて思い切り泣いてすっきりして菩薩っぽい感じになったのが定着してきたのかな。もっとも、それはあくまで、彼女のことをずっと見てきた僕たちだからこそ感じるもので、彼女のことをあまり知らない人からするとよく分からない程度の変化かもしれない。学校でも、取り立てて周りからの評価も変わらず、今でも『ツンとしてお高くとまってる』って思われてるらしい。でもここまでくるとそれは、彼女のことをちゃんと見ないでただイメージだけでそう思ってるんじゃないかなっていう気もしてしまった。


また星谷さん自身が周囲のそういう評価をものともしないから、やっかみが相当な割合で混じってるのかもしれない。


そうやってわざわざ他人をやっかんでイライラする意味が分からない。そんなことをしている暇があるなら自分を磨けばいいのにとも思ってしまう。そういう嫉妬ややっかみを自分を高めるきっかけにできる人とそうじゃない人の差も垣間見えるのかな。


水族館でいつものように少し変わった生き物を熱心に見てる沙奈子を見守りながら、そんなことを考えてた。


「沙奈子ちゃんと大希くんの赤い糸は繋がってない感じですね」


不意に絵里奈がそんなことを言ってくる。


「確かに。まだ分からないとしても、あの星谷さんの想いからすると難しそうかなっていうのが正直な印象だね」


「でも、男性としては縁がないとしても、沙奈子ちゃんにとってかけがえのない友達なのは確かだって気がします」


「うん。僕もそう思う。大希くんがいたから沙奈子は学校を楽しむことができてるんだろうなっていうのはあるんじゃないかな」


「そうですね。何も恋愛だけが人間関係じゃありませんし。私も、いたるさんと結婚してなかったとしても、あなたと知り合えてよかったと思います。あなたと知り合ったことで、親しくなれたことで、私は変わりました。自分の気持ちに正直になることの大切さも学びました。香保理かほりや玲那以外にも信じられる人がいることも学びました。


大希くんは、そのことを改めて私に教えてくれました。彼もきっと、自分の手の届くところにいる人にはしっかりと手を差し伸べてくれる大人になるでしょうね」


「絵里奈の言う通りだよ。そしてそれは、山仁さん自身が努力した結果だと思う。自分の境遇でひねくれてしまわずに、どうすることが自分を救うことになるのか、自分で考えた結果なんだって感じる。


せっかくそういう人生の先輩が傍にいるんだから、僕たちももっと学ばないといけないね」



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