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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百九十三 大希編 「奪うのも救うのも」

夕方。絵里奈や玲那と別れて部屋に戻り、夕食を済ませて僕は山仁やまひとさんの家に向かった。


「いらっしゃい!」


いつものように大希ひろきくんと千早ちはやちゃんが迎えてくれる。屈託のない笑顔で。


大希くんや千早ちゃんには、あの話はまだ伝えていない。


沙奈子にも詳しいことについては言ってない。だけどこの子は、何か大変なことがあったんだろうなっていうのは察してくれてた。だから一昨日とか昨日とかは、お風呂の時や寝る時に、いつも以上に甘えてくる感じで僕にくっついてきた。さすがにいつもと違う雰囲気を感じ取ったんだと思う。もちろん僕もそれに応えた。ぎゅっと抱きしめて、安心するのを待った。この子にとっては、それが一番らしかった。


あのことを詳しく伝えるのは、まだ後になると思う。高校生のイチコさんでさえ『きついね…』ってこぼすくらいだから。たぶん、同じように高校生になった頃になるんだろうな。


波多野さんや田上たのうえさんも、今回のことは口外無用って理解してくれたらしい。当然か。星谷さんでさえあれほどショックを受けるようなことなんだから。


でも、大希くんなら同じように受け止められるんだろうな。


そして実は、高校の時にそれを知ったことが、その後の彼の生き方に決定的に影響したっていうのもあったらしい。自分の祖父が七人もの人を死なせたのなら、自分はその十倍、百倍の人を救いたいって。そのためにも、星谷さんの手助けをしたいって。


それについては僕たちには直接関係のない話になるから詳しく触れることはないかもしれないけど……。


けどまあこの時にはそれを知らなかったからただ大希くんの明るさに救われるものを感じながら二階に上がっただけだったけどね。


すると、星谷さんが「いらっしゃい」と僕を見て言ってくれた。その姿が今までとも何か違ってる気がして、僕は思わず見惚れてしまってた。


「あ~、山下さんも気付きました?。ピカが綺麗になったの」


…え…?、あ、そうなのか…。


波多野さんに言われて、僕も気が付いた。確かに、『綺麗』になった気がする。どこがって言われると説明できないものの、なんだか雰囲気が変わったのかな。


今までも『凛』とした張りつめた感じがあって綺麗だったんだけど、それとはまた少し違う、柔らかいようでいて、でも頼りない感じじゃない…。


その時、僕の頭にフッと浮かんでくる言葉があった。


『菩薩』…。


そう!、菩薩だ!。菩薩って感じかも…!。


そんなことが頭の中によぎってた僕に、波多野さんは言った。


「実は今日、ピカってば、ヒロ坊に縋りついて大泣きしたんですよ。ホントにワンワン泣いちゃって大変だったんですから」


そう言われた途端、星谷さんは真っ赤になって俯いてしまった。その様子は今までとそんなに変わらないかな。だけど落ち着いてる時の姿は、菩薩って言葉がぴったりくる感じだった気がした。


波多野さんに続いて、田上さんが言う。


「だけどそれで、一昨日おとといのことはすっぱりケリがついたみたいですよ。そしたらなんかもう、吹っ切れた顔しちゃって、正直、ジェラシーですよ」


『ジェラシー』とか言いつつ、でもその顔はすごく嬉しそうだった。


さらにイチコさんが続ける。


「ピカがどれだけヒロ坊のことを本気なのか、改めて私も感じたよ。これはもう、姉として見守るしかないって感じかな」


そんな、星谷さん、イチコさん、波多野さん、田上さんを、山仁さんはいつもの穏やかな笑みで見守ってくれてた。自分の過去を知った上で彼女たちが出した結論への感謝も感じられる笑みだった気がする。


そして星谷さんが口を開いた。


「彼にどんな背景があろうと、私は彼が好きです。もし彼と結ばれることで失うものがあったとしても、彼を失うことに比べれば私自身の力で代わりのものを作り上げられるとしか思えませんでした。


両親との縁が切れようとも、親族との縁が切れようとも、私には既に私自身で作り上げてきた人脈があります。両親や親族のおかげでできた人脈が失われても、それは元々私が自ら作ったものではありません。私がたまたまあの両親の下に生まれたからついてきただけのものです。


私は、自身の生まれの上に胡坐をかいているだけで満足していてはいけないと改めて思いました。私は私の力で自らの人生を作り上げていかないといけないのです。それができなければ、きっと、彼に相応しくありません」


……まったく、どうしてそこまでのことが言えるのかな。思い付くのかな。僕にはまるで想像のできない話だった。


どれほど感銘を受けても感心しても、同じことが自分にもできるなんて少しも思わない。でも、だからこそ、それぞれできることが違うということが大事なんだろうなとも思った。星谷さんはこの感じでどんどん進むんだと思う。だけど、そんな彼女でもすべての人を救えるわけじゃない。彼女の手の届かないところを僕たちが補うことになるんだろうな。


彼女は大きすぎて、逆に細かいところまでは手が届かなくなるかもしれない。僕たちにまで構っていられなくなるかもしれない。その時には、僕たちは星谷さんに頼らずに自分たちの力で何とかしないといけなくなる。彼女を頼ってばかりはいられない。僕たちの人生は僕たちの力で作り上げていかないといけないんだ。


人間は一人では生きていけない。でも、他人にただ頼るだけだと自分らしく生きることもできなくなる気もする。他人に助けてもらうために顔色を窺ったり空気を読んだり話を合わせたり。逆にただただ自分勝手に他人を当てにしてると、それもいつか愛想を尽かされることになって孤立することになるかもしれない。だから、基本的には自分のことは自分でできるように努力はしないといけないと思うんだ。何より、自分のこともできない人間が他人の力になるなんて無理だと思うし。


そう、僕たちは、大切な人を守りたいからこそ力を合わせるし、力を合わせられる自分になるために自分の足で立って歩いていける人間にならなきゃいけないんだ。一人で生きてはいけないけど、一人でも生きていけるだけの努力や気構えは必要なんだと思う。


この時の星谷さんの姿は、改めてそれを教えてくれた気がした。


そして、自分に縋りついて泣く六歳も年上の女の子をそっと抱き締めて、彼女が落ち着くまでずっと頭を撫でていてくれたという大希くんの器の大きさも改めて感じた。


そうだよ。彼のお祖父さんが七人もの人を死なせたのなら、彼はそれよりももっとたくさんの人を救う人になる力を持ってるんだ。その中の一人が、星谷さんなんだと思う。彼は沙奈子を救い、千早ちゃんを救い、今また星谷さんを救ったんだ。


人の命を奪うことも人間にできるのなら、人を救うことだって人間にできるんだって、また実感させられてたのだった。



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