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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百九十二 大希編 「相互に補完」

『私たちだけは味方でいてあげようよ』


玲那のその言葉には、僕は一も二もなく賛成だった。それ以外の選択肢はむしろないと思う。星谷ひかりたにさんと大希ひろきくんの味方でいられないようじゃ、たぶん僕たちは今の幸せを維持することはできないから。


『自分の大切な人を大切にする』


そんな当たり前のこともできないようじゃ、ね。


「お二人はご兄妹なんですか?」


注文していたコーヒーが届いた時、すっかり顔馴染みになってた店員さんに不意にそんな風に声を掛けられて僕はハッと見上げてしまった。


「あ、いえ、親子なんです。義理ですけど」


と、咄嗟に正直に答えてしまった。


「す、すいません。込み入ったこと聞いてしまって…!」


慌てた彼女はトレーで口を覆いながら頭を下げた。そんなに年が離れてないのに『親子』だと聞いて、複雑な事情があると察してしまったらしい。


「本当にすいません。今日は他にお客もいなかったから、前から気になってたことをつい…」


申し訳なさそうにそういう彼女に、僕は「いえいえ、いいんですよ」と応えてた。玲那も手と首を横に振ってる。


「いつも仲が良さそうにしてらっしゃるから、何だか羨ましくて。


失礼ついでにお聞きしてもいいですか?。いつも後から来られる女性と女の子もご家族ですか?」


遠慮がちだけど好奇心には勝てないって感じで店員さんは聞いてくる。だから僕も変に隠し立てしても意味はないかなと思って正直に答えた。


「僕の妻と娘です。この子が長女で、あの子は次女ですね。下の子も義理の娘ですけど」


厳密にはまだ養子縁組してないから沙奈子は『娘』じゃないけど、もうほぼ実質的には僕の娘みたいなものだから、自然とそう言えてしまった。


すると、そんな僕を見てた彼女は、フッと寂しそうに笑う。『え?』と思った僕に彼女は言った。


「…でも、本当にすごく仲が良さそうで、羨ましい……。私の家族って、仲が悪いから……」


とその時、喫茶スペースに新しいお客が入ってきた。


「あ、すいません。本当に失礼しました…!」


再度頭を下げてから新しいお客さんの方に向き直り「いらっしゃいませ!」と声を掛けつつ歩み寄っていった店員さんの背中を見送りながら、僕はちょっとホッとしていた。あまり長話になると余計なことも喋ってしまいそうだったから。


名前も知らないのにすっかり顔馴染みになってたからって気を緩めすぎたかな。


するとそんな僕を、玲那がニヤニヤと見てた。


「お父さ~ん。可愛い子だからって油断しちゃダメだよ~?」


だって。


「べ、別にそういうわけじゃ…!」


慌てる必要もないくらい、僕は本当に何とも思ってなかった。ただの顔馴染みの店員さんでしかなかった。可愛いとかそんなことすら気にしてない。僕にとっては絵里奈以外の女性は、そういう対象じゃないから。


「分かってる。分かってるって」


「ししし」って悪戯っぽい笑みを浮かべながら玲那は言った。いつもの悪戯だ。


「もう…!」


とは言いながらも、僕も別に怒ってはいない。続けてお客さんが入ってきたりしたことで、もうあの店員さんは僕たちに話しかけることもなかった。


ただ、僕は、『私の家族って、仲が悪いから』と言って寂しそうに微笑んだことだけは少し気になってた。


別に珍しいことじゃないと思う。僕の周囲ではそれこそ当たり前くらいに当たり前の話だ。また類が友を呼んだだけなんだろうなって気しかしない。だけどあんな寂しそうな表情を浮かべてしまうほどいろいろ辛いこともあったんだろうなと思うと、そういうのが当たり前のようにあること自体が悲しかった。だからこそ、僕の手の届く人にはあんな悲しい表情をしてほしくなかった。


あの店員さんにはたぶん僕の手は届かない。あくまでここでたまに顔を合わすだけの存在だから。その分、僕の手の届く人にはちゃんと手を差し伸べたいんだ。一緒に幸せを感じられるようになりたい。


それからまた、玲那といろいろ話をしてるところに、沙奈子と絵里奈が戻ってきたのだった。




最近はどうしても、玲那と話をすることが多い。それは、玲那自身が僕とたくさん話をしたいっていうのがあるからだと思う。いろんなことをとにかく話して彼女が辛さとかを溜め込んだりしないようにしたいんだ。思うことがあったらその都度吐き出してもらってね。


普段は絵里奈がその役目をしてる筈だった。感情が昂ってしまったりしたのを受け止めたりとか。そういうのは絵里奈にとっては慣れたものかも知れない。ずっとそうしてきたはずだからね。僕が見てる前では割と絵里奈が感情的になって玲那がそれを受け止める感じなのが多かった気もするけど、実はそうじゃないっていうのは玲那自身からも聞かされてたんだ。


むしろ、割と感情を表に出す絵里奈より、明るく振る舞ってる玲那の方が、爆発すると大変なんだ。それの最たるものが、『あの事件』だった。もう二度とあんなことにならないようにするために、苦しいことは溜め込まないようにしなくちゃいけない。それを、僕も絵里奈も承知してた。


僕がいない時には絵里奈が、絵里奈がいない時には僕が。絵里奈も僕も仕事でいなくても、辛くなったら無理をせず連絡を取るようにしてもらってる。それに、玲那自身も、自分でそれをコントロールすることを意識して努力もしてくれてる。だから仕事に差し障るほどは連絡を取ってくることもない。こうやってみんなで努力するんだ。誰か一人だけに負担を押し付けるんじゃなくて、みんなで分け合うんだ。


それが結局は確実で合理的だと実感してる。人間の能力なんてたかが知れてる。どんなに普段大きなことを言ってる人でも弱いところを突かれたら泣き言をこぼすと思う。得意なことと不得意なことがあるのが人間ってものだよ。それを補い合うことで相互に補完するんだ。


見てきた人形のことを楽しそうに話す絵里奈と、それに頷いたりしてやっぱり楽しそうにしてる沙奈子と、みんなでお互いに支え合ってるんだ。それができてるだけで、すごく幸せだっていう実感がある。


経済的には豊かじゃないけど飢えたりもしてないし、社会的な立場や権力があるわけでもないけど僕たちにとってそういうのはむしろ煩わしいだけだし、本当に、こうして家族が仲良くしてられること以上に望むことなんて何もない。それ以上を望むのは、むしろ、僕たちにとって意味のない、手間をかける価値も感じない厄介事を抱えることになるだけとしか思わない。


さっき話し掛けてきた店員さんも、家族が仲良くするっていうことだけを望んでるのかもしれない。だから僕たちがこうしていつも仲良さそうにしてるのが羨ましかったのかもしれない。


他人からそんな風に見えてるというのを改めて感じたことで、僕は何だかホッとした気持ちになれてたのだった。



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