五百九十一 大希編 「負けたくない」
僕たちは今日はまた人形のギャラリーに行くけど、星谷さんたちは今日もあの旅館に行くそうだった。山仁さんの告白を受けてからの初めての旅館か。星谷さんが大希くんとどう接することができるのかが気になるな。
あの時は、彼女はこれから起こるかもしれないことも覚悟して山仁さんに『これからもよろしくお願いします』と頭を下げたけど、それを自分で示していけるかどうかがこれからは試されることになるんだろうな。
きっと、星谷さん一人なら、他人に何を言われたって『それがどうかしましたか?』とか言ってスルーしそうな気がする。だけど、そこに家族や親族が絡んでくると難しくなってきそうだ。
その点ではやっぱり、両親は既になく親族とも疎遠になってしまってる僕なんかは、『持たざるが故の強み』みたいなものを感じるかな。だけど星谷さんにとっては『持ってるもの』そのものが彼女の力になってるのも事実だからそれに影響があるかもしれないと思うと、当然、色々考えてしまうと思う。
だからついつい、星谷さんと大希くんを応援したいと思ってしまうんだ。
今でも沙奈子には大希くんこそ相応しいと考えてしまったりもする。だけど当の沙奈子自身が、星谷さんと大希くんがどんなに仲が良さそうにしててもまるで動じないで平然と見てるから、やっぱりそういう意味では脈がないのかなあ。上手くいかないな。
でも、何もかも僕の思い通りに行くわけじゃないよね。そうなってくれたら嬉しいと思いつつも、やっぱり最終的には沙奈子が自分で選ぶことなんだから。
ただ、二人はこれから大変かもしれないなとも正直感じてしまうというのもあった。それに対して僕はどれほど力になれるんだろう。分からないけれど、力になりたいなっていうのも正直な気持ちだった。
複雑だけどね。
なんてことも思いつつ、沙奈子の午前の勉強が終わったところで、二人で家を出た。
もうすっかり慣れた感じでバスに乗り、人形のギャラリーへと向かう。絵里奈と玲那は入口の所で待っててくれて、僕たちの姿が見えた途端、手を振ってくれてた。
当然のように沙奈子と絵里奈はギャラリーの方、僕と玲那は喫茶スペースの方へと別れて、席に着いた途端、すっかり顔なじみになった店員さんに「いつものでよろしいですか?」って聞かれたから「お願いします」と応えてた。
で、改めてホッと寛ぐと、玲那がさっそく話し掛けてくる。
「ピカと大希くん、どうなるんだろうね」
スマホにつないだイヤホンから、玲那の声が聞こえてくる。やっぱり彼女もそれが気になるんだな。当たり前か。
「僕にはまったく分からないよ。ただ、そんなことで二人の仲が引き裂かれるような世の中であってほしくはないと思う」
「あ~、それは同感。ただ、私自身の経験から見ても、大変なのは実感しかないかな」
「それも分かるよ。僕も絵里奈や玲那と一緒に暮らせないのが辛いし」
「だよね。もちろん私の場合は自分がそれをやったんだからその分については仕方ないけどさ。ただ、山仁さんや大希くんには何の責任もないはずなんだ。この場合でまでこんなに気にしなきゃいけないなんて、どうしても納得できないよ」
「うん。本当だね。でも、だからこそ僕たちはそういう目で見ないようにしたいと思うよ。山仁さんや大希くんだけじゃなくて、他の人でもさ」
「何て言うか、そういう目で見るから追い詰められたりして次の事件に繋がるんだろうなっていうのもすごく感じる。そういう目で見ることで、事件が起こるように誘導してるって感じ?」
「それも分かる気がするな。本当はそんなつもりなかったのに周りからそういう目で見られることで『だったらその通りになってやる!』っていう自暴自棄な状態になるって気がする」
「もしそうだったら、周りが事件を作ってるってことになるよね」
「うん。もちろん、だからって事件を起こしていいとは思わない。でもそのきっかけを作ってるっていうのは間違いないかな」
そう。玲那の事件の時でもそうだったけど、正義を振りかざしてる人間は本当に横暴だ。冷静に物事を見てないとしか思わない。事件を起こした本人じゃなくその子供や孫を攻撃するとか、それのどこが正義なんだよ。
事件を起こしたのは山仁さんでもなければもちろん大希くんでもない。それなのに、大希くんや星谷さんの幸せが壊されるとか、そんな世の中が正しいとは思わない。
自分が幸せじゃないからって、幸せになろうとしてる人の足を引っ張るような真似をすることを恥ずかしいと思わない人間にはなりたくない。
玲那は言う。
「だからさ、お父さん。もしピカが大希くんとの結婚を反対されたとしても、私たちだけは味方でいてあげようよ」
大希くんとの結婚を反対する人が星谷さんの親族の中に現れたとしても、それ自体はわざわざ問題の種を抱え込むことはないという気遣いなんだろうと思う。そういう風に考える人がいるのはむしろ当然だと思う。でもだからって、幸せになろうとしてる人の足を引っ張ろうとしてる人間に屈するというのも違うんじゃないかな。そんなのがいつまでも通用する世の中であってほしくない。そんなことにもいつまでも気付けないほど、人間は愚かなのか?。
僕はそう思いたくない。
他人がどうだって別にいいじゃないか。連続殺人犯の子供や孫まで攻撃するのが当たり前と思ってる人に合わせる必要なんてないじゃないか。そういう人の顔色を窺ってそれに合わせて、それで何が得られるっていうんだよ。そんなのに迎合して『自分は仲間はずれじゃない』って思いたいのかよ。
僕は、嫌だ。そんなのは嫌だ。僕は大切な人を大切にできる世の中がいい。たとえ他人があれこれ言っても、僕は引き下がらない。星谷さんや大希くんが幸せになれない世の中なんて間違ってる。僕はそう思う。そんな世の中は、沙奈子や玲那も幸せにはなれない世界だ。
まったく不思議だよ。『僕は引き下がらない』とか、昔の僕なら決して言わないことじゃないかな。何もかも悟ったような気になってただ諦めて、何も考えないようにして流されるだけだった昔の僕なら。
もしかしたらそれで余計に大変な思いをするかもしれない。抱える必要のない厄介事を抱えることになるかもしれない。だけど星谷さんや大希くんのためならそれでもかまわないって思う。
自分が他人を傷付けて抱えることになる厄介事と、自分の大切な人を守るために抱えることになる厄介事は、まるで別のものなんじゃないかな。
それが結果として、沙奈子や絵里奈や玲那のためにもなると思う。僕の家族が何か大変なことに巻き込まれても決して見捨てないための気構えができるっていうか。
何て言うか、ある意味じゃ僕は我儘になったのかもしれない。世の中と対立してでも自分の幸せは掴んでみせるって思うようになったっていうか。
でも、悪くないな。それが大切な人のためなら、悪くないって思う。他人を苦しめて笑ってるような人間に負けたくないって思うのはさ。




