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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百九十 大希編 「救われるより救いたい」

二月十日。土曜日。今日は朝から雨だった。結構な降り方だけど、雪じゃないんだな。もし雪だったら積もりそうな感じだった。寒さは少しマシな気もする。でもまだ、すぐに寒くなったりもするんだろうな。


英雄に憧れたりする気持ちは今でもあるんだろう。すごい人が現れてものすごい力を振るって世の中を大きく変えて自分たちを救ってくれるっていう夢を抱く人は多いのかもしれない。


でも僕は、そういうのは結局、他人任せで他力本願な無責任の表れでしかないと今では思ってしまう。


正直、僕も昔はそうだったかもしれない。大きな力を持ってる人が現れて何もかも変えてくれることを、心のどこかでは期待してた気もする。


だけど、そういうことをすると必ずそこから零れ落ちる人が出てくると今では思うんだ。そしてそれは、沙奈子かもしれない。絵里奈かもしれない。玲那かもしれない。そんな風に考えると、他人に救ってもらえることを期待するのはむしろ危険なことだとしか思えないんだ。


僕は、自分のすぐ身近なほんの数人だけにしか手を差し伸べることはできない。だからその数人以外のこの世のほとんどの人のことはある意味では見殺しにすることになると思う。僕の手が届くことを期待されても応えることはできない。


けれど、だからこそ、自分の身の回りのほんの数人にだけでも手を差し伸べることができる人が増えれば増えるほど、救われる人が増えるんじゃないかな。


英雄が現れてたくさんの人を救ってくれることを期待するより、そっちの方がよほど現実的じゃないかな。


それを現実的だと思えないんだとしたら、自分が救われることばかり期待してるからじゃないかな。そして、英雄に救われることだけを夢見てるんじゃないかな。


そんなことを期待してたら、僕は沙奈子助けることはできなかった。他の誰かに彼女を押し付けて、知らないふりをしてただけだろうな。


でも現実は、そうじゃなかった。他の誰かじゃなく、僕がやるしかなかった。塚崎つかざきさんは立派な人だけど、来支間きしまさんのこともあるように、児童相談所だって完全無欠じゃない。立派な人しかいない訳じゃない。結局、自分でやるのが一番確実だったんだろうな。


そのことによって生じる責任さえ負えるのなら。


本音を言えばその時点では覚悟も何もなかった。どうしていいか分からなかったからそうしただけだ。でも結果としてそれが正解だったってことなんだな。


最終的な責任は僕自身が負いながらも、僕の力だけじゃどうにもできないことは他人の力を頼ったから上手くいったんだ。丸ごと何もかも助けてもらうんじゃなく、ほんのちょっとだけアドバイスをもらうとか、知恵を貸してもらうとかから始まって、それに感謝しながら僕にもできる形でお返しすることで信頼関係を築いていって、ここまでになれた。


思えば、あの公園で塚崎さんに相談できたのも、向こうから何もかも察してくれて助けてくれるのを期待するんじゃなくて、僕の方から話し掛けたからこそのものだった。僕はあの時、塚崎さんに話しかける勇気を自分で出したからこそ、歯車が噛み合いだしたんだ。でなければ、最悪、沙奈子を死なせたりとかしてたかもしれない。


他人に助けてもらうのを期待するっていうのは、自分からは何もしないで一方的に助けてもらうのを期待すること。結果的には誰かの力を借りるとしても、頭を下げてそれをお願いするのはあくまで自分なんだ。それさえしなくてただ助けを待ってるなんて、ムシが良すぎるってものなんだろうな。


ここでもし、僕が誰かを傷付けようとしてたり罵ってたりしてたら、助けを求めても応えてもらえなかったかもしれない。他人を傷付けようとしたり罵ったりするのは、そういうことなんだ。勇気を出して助けを求めても応えてもらえない可能性を自分で高くすること。


その点で言えば、千早ちはやちゃんや星谷ひかりたにさんは本当に運が良かったのかもしれない。その時点で出逢ってた大希ひろきくんやイチコさんという大きな器を持った人がいたからこそ、それまでの行いを改める代わりに助けてもらうことができた。そのチャンスを確実に掴むことで救われた。


千早ちゃんは、沙奈子や大希くんとのトラブルについて『ごめんなさい』と謝る勇気を示したことで救われた。謝るだけじゃなく、実際にそれまでの行いを改めたからこそそれを沙奈子や大希くんに認めてもらえた。星谷さんも結局はそういうことなんだ。


誰かを傷付けて罵って、でも自分だけは一方的に救われようなんて、世の中はそんなに甘くない。過ちを犯したのならそれを反省してお詫びして、そして二度と同じ過ちを犯さないと自らの行動で示すこと。それが最低条件なのかもしれない。口先だけで何度謝っても同じことを繰り返すようじゃ、それは謝罪でも反省でもないと思う。


それで言えば、薬物やアルコールの依存って、本人は本気で謝罪して反省してても、それさえひっくり返してしまわずにはいられない程のものらしい。だから怖いんだろうな。本人にしてみれば本気の謝罪も反省もなかったことにされてしまう程の欲求。


星谷さんが言ってた。


『薬物やアルコールに依存してしまうと、それを我慢するのは睡魔や空腹に耐えようとするのと同じくらいの苦しみだそうです。当人にとっては、命の危険すら感じるほどの。だからこそ薬物やアルコールの依存から離脱するのは、本人の努力だけではほとんどの場合、失敗するそうです。誰かの協力なしでは限りなく不可能に近いのではとさえ、資料を見るだけでも感じました』


って。怖いな。本当に怖い。自分もそうだし、沙奈子や絵里奈や玲那にも気を付けてもらわなきゃ。


少し話が逸れてしまったけど、そこまで行ってしまうとそれこそ立ち直るのは容易じゃない。そうなる前に何とかしなきゃいけないんだなとも思った。そもそもそんなものに頼らなきゃいけない状態で、沙奈子や絵里奈や玲那を放っておくというのが有り得ないよ。薬物やアルコールに逃げる前に、助けてあげたい。


僕たちは今、薬物やアルコールに頼らなくても大丈夫だ。絵里奈も玲那も、たまに軽く晩酌をする程度で済んでるって。お酒で憂さを晴らしたりストレスを発散せずに済んでるって。それが何よりだった。二人が抱えてるものを考えると、お酒に頼るというのはすごく危険だって感じるし。


そんなわけで、今日も人形のギャラリーに集合することになった。みんなで顔を合わして、言葉を交わして、お互いを身近に感じて、そして抱えてるものをお互いに支え合うんだ。


それは決して綺麗事でも馴れ合いでもない。本当に合理的で実効性のある対処法なんだよ。


少なくとも、僕たちにとってはね。



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