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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百八十八 大希編 「星谷さんの想い」

山仁やまひとさんは、自分の父親が連続殺人犯の死刑囚だったことでどれほどの苦しみを味わったのか、そのことで一つ所に落ちつけず各地を転々とした間にどれほどの目に遭ってきたのか、そこまで詳しく語ることはなかった。なかったけど、そこで何があったのか想像するのは僕たちにはそれほど難しくなかった。


山仁さんがどうしてあんなに優しいのか、どうして少々のことには揺るがないのか、その理由が分かった気がした。


そして、玲那や波多野さんや千早ちはやちゃんのことも見捨てないのか、その理由も……。


僕たちが味わった苦しみを、もう何十年も前に味わって、そして乗り越えてきたからなんだって。


でもさすがにその事実は、イチコさんにとってもショックなことらしかった。


「あー…。何となくそんなことじゃないかな~って察してはいたんだよね……。お父さん、自分の本当のお父さんやお母さんのことはほとんど話さなかったから。だからきっと大変なことがあったんだろうなとは思ってたけど、さすがにきついね……」


いつもの飄々とした感じじゃない、明らかに青褪めた顔でイチコさんはそう言った。


絵里奈も玲那も、この時ばかりは何も言えなかった。迂闊なことを言うともっと大変になりそうだったからだと思う。


そして星谷ひかりたにさんは、完全に僕の知らない彼女になっていた


ポロポロと涙をこぼして、小さな子みたいに不安そうな顔で泣いてる、普通の女の子がそこにいた。


殺人未遂事件の加害者となってしまった玲那のことも、実の兄が女性に暴行するっていう事件を起こしてしまった波多野さんのことも、『私は気にしません』と受け止めてくれた彼女の姿はどこにもなかった。


でも、僕もそれをどうこういう気にはなれなかった。『これまで言ってたことと違うじゃないか!?』みたいなことを言う気にはなれなかった。


だって、あくまで友達でいることと家族になるのとは違うから。家族になるというのは、自分のそれまでの家族に新しく加わることだから。


僕は、もう両親がいない。親族とは完全に縁が切れてしまってる。絵里奈の両親はまだ存命だけど、実質的にはやっぱり縁が切れてしまってる感じだそうだ。玲那も、両親はもういないし、親族とはやっぱり絶縁状態だった。だから正直言って気を遣う必要はまるでない状態だった。


だけど、星谷さんは違う。今でも両親との関係は良好で、しかも親族ともいろんな形で親交があって、それが彼女の人脈にもなってるそうだ。


でも、もし、大希ひろきくんと結婚するということになって、そして大希くんのお父さんのお父さん、つまりお祖父ちゃんが七人もの人を殺した連続殺人犯っていうのが知られたら、いくら星谷さん自身は気にしなくても、親族の人たちはそうはいかない可能性が高いんじゃないかな。


この世には、『遺伝子で人間のすべてが決まる』って本気で思ってるらしい人もいる。だから『劣悪な遺伝子を持った奴は地球上から抹殺しろ』なんてことを大真面目に言う人もいるらしい。そういう人たちに言わせれば、七人もの人を殺して、その裁判で『俺を殺してみろ!!。今殺しておかなきゃここにいる全員とその家族も皆殺しにしてやる!!』とか言うような殺人犯の遺伝子を受け継いでる山仁さんやイチコさんや大希くんは、『抹殺されるべき劣悪な遺伝子を受け継いでる人間』になるんだろうな。


僕はそんなことは思わない。そんなの、典型的な似非科学のただのオカルトだと思ってる。だからそれを知ったとしても、山仁さんやイチコさんや大希くんに対する印象は変わらない。現に変わってない。親がどんな人間でも、祖先がどんな人間でも、人は自分の気の持ちようでどうにでもなれると思うから。


遺伝子ですべてが決まるなんて言い出したら、あんな両親の子供に生まれた僕も、子供を捨てていくような兄の子供である沙奈子も、十歳の子供に売春をやらせるような両親を持った玲那も、仕事もせずにパチンコばかりやってた父親と子供を滅茶苦茶に殴って平然としてられる母親を持った千早ちゃんも、女性に乱暴するような兄とそれを育てた両親を持った波多野さんも、生きてちゃいけない存在ってことになってしまうよ。


僕は、そんな戯言、認めるつもりはない。遺伝子ですべてが決まるなら、『劣悪な遺伝子を持った奴は地球上から抹殺しろ』なんてことを平気で口にできるような遺伝子を持った奴もその『劣悪な遺伝子を持った人間』ってことになるんじゃないかな。それって結局、自分で自分を貶めてるだけじゃないかな。


だから認めない。そういうことを言ってしまう人の存在そのものは否定しなくても、その戯言は認めない。恥ずかしい奴だとしか思わない。


でも、そこまでは言わなくても、『殺人犯の家族』というだけで毛嫌いする人がいるのも現実だと思う。


どうして、知りもしない人のことをそんな風に思えるのかな。別に誰かを傷付けようとなんてまったくしてないのに、そういうことを知ろうともしないで嫌うんだろうな。


…嫌だ。僕はそんなのは嫌だ。山仁さんやイチコさんや大希くんや沙奈子や玲那や波多野さんの存在を蔑ろにしようとするような考え方は嫌だ。


だけど…。


だけど、星谷さんの親族の人たちはどうなのかな……。


小さな子みたいにポロポロと涙を流す彼女の手を、波多野さんがしっかりと掴んでた。それを、田上たのうえさんも掴む。


「ピカ…。私も小父さんと一緒だよ。あんたがどんな決断を下しても、私はそれを受け入れる」


「私もだよ。ピカ。でも、ピカが助けてって言うなら私も助ける。勇気を出す為に助けてって言うんだったら私も支えるよ…!」


二人がそう言うと、それまでとめどもなく流れてた彼女の涙が、ようやく止まった。二人を見詰めて、手を握ってた。


「…ありがとう……、ありがとう……」


うわごとみたいにそう言って、星谷さんは目をつむった。それから天を仰ぐ感じで顔を上げてしばらくそうして、何かを決心したように山仁さんの方を見た。その視線を受けた山仁さんも、覚悟を決めたような表情だった。


星谷さんが静かに口を開く。


「山仁さん…。大変なことを打ち明けていただいて、ありがとうございます……。それを口にすることは、大変な勇気が要ったことと思います。何故なら、今まで積み重ねてきたものをすべて失うことにさえなるかもしれないことですから……。


だけどそれは、私のために振り絞ってくださった勇気なのだと感じます。それを知るのが後になれば後になるほど、私は苦しむことになったでしょうから…。


本当に、ありがとうございます……。


山仁さん…。もし、私が大希さんに認めてもらえれば、あなたが私の義理の父親になりますね。私は、あなたが私の父親になってくださるのなら、それはとても喜ばしいことだと思います。


今後とも、よろしくお願いいたします……」



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