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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百八十七 大希編 「委ねられた決断」

大希ひろきくんと思いがけずいつも以上に話をしてしまってから二階に上がると。星谷さんが少し赤い顔をしてた。


ビデオ通話を繋ぎながら、どうしたのかな?って感じで僕が見てたのに気が付いたらしくて、波多野さんが言う。


「今、山下さんがヒロ坊と話してたのが聞こえてて、『みんなが笑ってられないのは辛い!』って言った時にピカの名前も出たからなんだよね~」


だって。ああ、なるほど。


その感じで彼の口から名前が出ただけでもこの反応なのか。ホントに、彼のことが好きなんだなあって改めて実感させられる気分だ。


星谷ひかりたにさんも、赤い顔のまま、すごく可愛い感じで言った。


「彼の器の大きさに、自分も負けていられないって思わされます。彼に相応しい人にならないとって思わされます。私は彼が好きです!。愛してます!」


「おお~…っ!」


大胆な告白に、みんなが思わず感嘆の声を上げる。絵里奈と玲那はビデオ通話が繋がった途端にそれだったから、もう一つ驚いた顔をしてた。


それにしても、ここまで堂々と言える星谷さんもすごいよ。


だけどその時、山仁やまひとさんだけは、どこか辛そうな目で苦い笑みを浮かべてた気がした。そして何かを決心したような顔で僕たちを見て、いつもと変わらない穏やかな感じで口を開いた。


「星谷さんにそこまで想ってもらえるのは、あの子の父親として本当に誇らしい気持ちです。ありがとう。


でも、だからこそ、やはり知っておいてもらわないと駄目だと痛感しました。そのことを知らないままで、もし、星谷さんがあの子と結婚したら、結婚してからそれが知られてしまったら、余計に苦しむことになるかもしれない。


だから、今、伝えておきます。私の、呪われた過去を……」


「……!」


そんな山仁さんの突然の告白に、僕たちは思わず息を呑んだ。空気が一瞬でまるで別のものに変わってしまう瞬間を、僕は目の当たりにした気がした。山仁さんの娘のイチコさんでさえ、驚いた顔でお父さんを見てた。初めて見る表情だと思った。


そして山仁さんが、ゆっくりと語りだした。


「まず、私の昔の名前は、役童巌えきどういわお。この名前を聞いただけで、私と同年代以上の人ならピンと来る方も多いでしょう」


そこまで言ったところで、星谷さんの顔からサーっと血の気が引くのが分かった。分かってしまった。


「役童…って、まさか…?。役童強馬えきどうきょうまの……?」


呆然とした感じで彼女が呟いた時、山仁さんが辛そうに眼を閉じたのが見えた。


役童強馬えきどうきょうま…?。どこかで聞いたような……?。


僕のその疑問に、星谷さんが応えてくれた。


「七人もの人を次々と殺した連続殺人犯の……?」


…!?。思い出し…た!。そうだ!、『七人殺しの役童』って、昔、ドラマにもなった、裁判で、


『俺を殺してみろ!!。今殺しておかなきゃここにいる全員とその家族も皆殺しにしてやる!!』


って叫んだっていう、異例の速さで死刑が執行されたっていう、『本物の人殺し』って呼ばれた、あの……?。


役童強馬えきどうきょうまは、まさか…?」


さっきとは全く違う、血の気が完全に引いた真っ青な顔で、でも真っ直ぐに見詰めながら問い掛ける星谷さんに、山仁さんは苦しそうに頷いた。


「私の…、父です……」


正直、この時は、イチコさんも波多野さんも田上たのうえさんもピンときてなかったみたいだった。何しろ、もう、四十年近く前の事件だったはずだし。しかもそれ以降にも凶悪な事件はいくつもあったから、今じゃもうそのうちの一つに過ぎない扱いだけど、それでも当時は大変な騒ぎだったらしい。


星谷さんは、法学部を志望してることもあって、過去の凶悪事件についても調べてた経験から知ってたそうだった。


この時の星谷さんの姿は、これまで僕がまったく見たことのないものだった。顔が真っ青で小刻みに震えててどころか、焦点の合わない視線を落ち着きなく躍らせて、完全に正気を失ってる感じだった。


でも、それは当然のことかもしれない。だって、自分が結婚するつもりで真剣に考えてた相手の家族に、歴史にも名を残しかねない恐ろしい連続殺人犯がいたなんてことが分かったら、ほぼ間違いなく親族の誰かから結婚を反対されるんじゃないかな。たとえそうじゃなくても、世間にそれが知られたらどんなことを言われるか……。


「ピカ!、しっかりしろ!」


そう言って星谷さんの手を掴んだのは、波多野さんだった。星谷さんを真っ直ぐに見詰めて。その瞬間、星谷さんもハッとした顔になった。でも今度はポロポロと涙が……。


それでも山仁さんは続けた。


「私は、七人殺しの連続殺人犯、役童強馬えきどうきょうまの息子として、中学高校を過ごしました。今のようなネットのない時代でしたが、世間からの声は本当に容赦のないものだったと思います。むしろ面と向かって言われました。いろいろと。『人殺しの息子』くらいはまだかわいいものでしたね。言葉にするのも憚られるようなことを言われない日はなかったと思います。


母はそれに耐えきれず、父が死刑になった後で自分と私の籍を父のそれから抜き、縁を切って世間から隠れるようにして私を連れて各地を転々としました。役童強馬えきどうきょうまの家族だと知られそうになる度に引っ越して。


その母も、私が大学に進学した直後に亡くなりました。自殺です。思えば、重度の鬱症状が出ていたのでしょう。当時はまだそれに対する理解も十分でなかったので、私も母の異変がよく理解できず、ただ『ノイローゼ』という言葉で片付けてたと思います。


ですが、その頃の私の周囲には、力強い仲間がいてくれました。以前にもお話した、妻との出会いのきっかけになった大学の学外サークルというのがそれです。犯罪加害者家族が抱える問題について様々な形で検証を行い、その解決を模索するというのが主旨のサークルでした。


私は、それによって救われたのです。


人殺しの子となってしまった私でさえ、見捨てられることはなかった。私はその恩に報いたい。その事実を子供たちに伝えたい。苦しくても辛くても、自分が生きる道は残されている。幸せになる道は残されているということを。


ですがそのためには、事実を知り、その上で自らの意思で選択する必要があるのでしょう。


星谷さん。あなたが大希を愛してくれていることには、感謝いたします。あなたの気持ちが一時の気の迷いでないことを感じたからこそ、私はこの事実をあなたに伝えなければならない。あなたが、自ら考え、自ら判断する為に。


あなたがどのような決断をしたとしても、もし、あなたがこれで私たちの前から去ったとしても、私はそれを恨んだりはしません。私はあなたの判断を受け入れる覚悟があります。どうかゆっくり考えてください……」



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