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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百八十四 大希編 「自分を卑下する前に」

『才能や才覚に道を指し示すことができるというのも、ある意味では優れた才能や才覚と言えるのではないでしょうか?』


星谷さんのその言葉に、僕はなるほどと思ってしまった。確かに、スポーツとかのコーチって、自分自身はそれだけの能力がなくてもコーチができたりするよね。理論的な練習を指導したりして選手の才能を伸ばしたりって形で。


それを思うと、他人からは分かりにくいけど、世間的には評価を受けにくいけど、実は大きな役割を果たした人っていうのはいるんだろうなっていう気がする。本人は直接何もしていないけど、世の中にとって大きくいい影響を与えたことのきっかけが誰にも知られないままで誰からも評価されないままで埋もれてるっていうのもありそうだ。


縁の下の力持ちとか、陰の功労者とかでさえない、でもその人がいなければそうはなってなかったっていう。


大希ひろきくんって、そういうタイプなのかもしれない。自らは何か大きなことをするわけじゃなくて、でも他人にとても大きな影響を与えるって感じで。


だからやっぱり思った。この世に必要のない人なんていないんじゃないかって。他人から、世間から、社会から分かりやすい評価はもらえなくても、人はお互いに影響を与え合って生きているんだ。その中でいい影響を与えたり悪い亜影響を与えたりしながら、でも結果としては偉業と言われるようなことのきっかけを作ったりするかも知れない。どんなことがどんな影響を与えるのかなんて、きっと誰にも分からない。だとすれば、誰が必要で誰が不必要なんて、結局は誰にも分からないよね。


『自分はこの世に要らない人間なんだ』


そんなことを言う人だって、どこかで誰かに何かの影響を与えて、きっかけを生んでるかもしれない。その人がいなければ決して生じなかったことがあるかもしれない。


『要らない人間』なんて自分を卑下する前に、自分が存在してるってこと自体がこの世界に何かの影響を与えてるってことを知った方がいいのかもしれない。


僕は、両親にとっては『要らない子供』だった。なのに今、僕のことを必要としてくれる人がいる。両親にとっては要らない子供だった僕でもね。


沙奈子もそうだったみたいだ。玲那もそうだった。千早ちはやちゃんもそうだったらしい。結人ゆうとくんもそうだったって聞く。だけどみんな、ちゃんと必要としてる人がいる。誰も、『要らない人間』なんかじゃない。


自分をこの世に要らない人間と決め付けるのは、最終的には自分自身なんじゃないかな。他人が何を言ってても関係ないんだと思う。


星谷ひかりたにさんが続ける。


「実は、カナやフミも、本当は彼に会うのも目的の一つとしてイチコの家に行っていたそうです。それが今や、彼女達にとって欠かすことのできない集まりになっています。彼がいなければ、こうして私たちは集まっていなかったかもしれないのです。


この功績をどう評価すればいいのか、私には分かりません。ですが、この世の誰が認めなくても、私はそれを評価したいと思います。私にとって彼は、どんな偉人よりも尊い存在なのです」


大希くんを真っ直ぐに見詰めながらそう言う星谷さんを笑う人はきっといるんだろうな。『何言ってるんだ』って感じで。でも僕は、彼女のその真っ直ぐさが羨ましいしすごいと思う。それが彼女の力の源なんだろうな。そしてそれが引き出されるきっかけになってるのが大希くんなんだな。


「よ~しよしよし、いい感じだ~!」


フライパンで自分が作ったハンバーグを焼きながら、大希くんが笑ってた。そんな彼に千早ちゃんが、


「私の方が美味しそうだもんね~!」


とか舌を出してる。その二人を沙奈子が穏やかな表情で見守ってる。ぜんぜん特別でもない何気ない光景だけど、そこには何かすごいものが秘められてるんだっていうのも感じる。


そういう瞬間に僕は立ち会ってるんだな。この世界に生まれてきたからこそ、僕はこの場にいられるんだな。


『僕は要らない子供なんだ』


『僕は生まれてくるべきじゃなかったんだ』


そんな風に思ってた時期もある。正直、今でもそんな風に自分のことを思ってしまいかねない『闇』が僕の中にあることも自覚してる。でも、今、ここに僕がいることも事実なんだ。沙奈子に必要とされて、絵里奈に必要とされて、玲那に必要とされて、そして僕はここにいる。だから、この三人が織りなす物語を目の当たりにすることができてる。大希くんに恋をして、それを活力にして自分の命を燃やそうとしてる星谷さんの物語に触れることができてる。


それもこれも、今、僕が生きていればこそだ。生まれてきたからこそだ。


だから僕はもう、諦めない。辛いことがあっても苦しいことがあっても、生きているからこそ何かが起こり、自分がそれに立ち会うことができるんだから。


僕はそれを見届けたいんだ。


沙奈子と大希くんと千早ちゃんが生み出す物語を。


大希くんと星谷さんが生み出す物語を。


僕自身が、沙奈子や絵里奈や玲那と一緒に物語を生み出しながら。


…まったく。自分がこんなポエムみたいなことを考えるような人間だなんて知らなかったよ。今になってこんなことを知らされるなんて思わなかったよ。


だけど決して嫌じゃない。それどころか、楽しい。


こんなことが楽しいんだ。


不思議だよ。信じられない。でも現実なんだ。


辛くて苦しくて嫌なことが多いこの世の中だけど、でも今はそれ以上に楽しいことがあるんだ。嬉しいことがあるんだ。幸せなことがあるんだ。


だから僕は挫けない。せっかくこんな楽しいことを、嬉しいことを、幸せなことを見付けたんだから、それを満喫しなくちゃもったいないよ!。


人は残酷だ、冷酷だ、身勝手で、そして愚かだ。でもいいじゃないか。だって僕もその、残酷で冷酷で身勝手で愚かな人間なんだから。お互い様だよ。それでもこうしてみんなと生きていられるんだ。


大希くんの穏やかで朗らかであたたかい笑顔は、見る人をそういう気分にさせてくれるんだと思う。それが力になるんだと思う。人間の駄目なところも醜いところも彼は決して切り捨てない。そういうところも含めて笑い飛ばしてくれるんだ。


山仁やまひとさんが地獄の中から這い上がって種を蒔き、育てた結晶が大希くんなんだ。彼は決して世の中の理不尽や不条理や矛盾をなかったことにする存在じゃない。そういうものすべてを含んだ上でそれを笑い飛ばしてくれるんだと思う。


これからも彼はきっと、たくさんの理不尽や不条理を目の当たりにするんだろうな。でも彼はそういうことさえ受け入れてしまうんだろうっていう予感がある。沙奈子にきつく当たって意地悪をした千早ちゃんのことさえ受け入れられるくらいなんだから。自分にしつこくちょっかいを掛けて怒らせた千早ちゃんのことさえ許せるんだから。


それが彼の資質なんだろうな。



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