表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
582/2601

五百八十二 大希編 「一時の気の迷い」

二月四日。日曜日。今日も千早ちはやちゃんたちが料理を作りに来る。毎週毎週、判を押したように何度もそれを繰り返す。きっとそれを苦痛に感じる人もいると思う。でも僕たちはそれを繰り返す。僕たちにはそれが必要だから。他人には理解できなくても、退屈でも、苦痛でも、不可解でも、不愉快でも、僕たちはそれを繰り返すんだ。


誰に迷惑がかかる訳でもないことなら、他人なんて関係ないと思うから。


人は一人では生きていけないけど、だからって全ての人と仲良くするなんてことも現実的じゃない。どう頑張っても合わない人というのもいて、僕にとっては、同じことを淡々と繰り返すのを苦痛に感じるタイプの人は合わないと思う。


平穏で波風が立たない毎日を『退屈だ』と感じる人って言うか。その点で言うと、賑やかなのが好きそうな玲那や波多野さんも、本音では波風が立つような波乱に満ちた毎日みたいなのは実は好きじゃないっていうのも分かってる。


特に玲那のあの明るい面はあくまでアニメのキャラクターの振る舞いを真似たものでしかないことは、玲那自身も言ってたし絵里奈もそうだと言ってた。だからたまに見せるネガティブな姿が本来の彼女で、新しいこととかいつもと違うことに挑戦するのは本当はすごく苦手で、その度に勇気を振り絞るらしい。僕に初めて声を掛けた時だって、玲那から見ると僕が『兵長』に似てたからできたことであって、今、同じことができるかと言われたらたぶん無理なんだそうだ。


あの日、あの時、あのタイミングで見かけたからこそできた、奇跡の行動だとも言ってた。


だから、彼女の明るい部分しか知らない人からすれば僕たちと気が合うのが不思議そうに見えても、それは玲那の一面でしかないってことなんだよ。


なんてことを考えてるうちにお昼前になって、


「沙奈~!、あっためて~!」


と、玄関を開けるなり千早ちゃんが沙奈子に抱き付いた。


「だからサッサと入れ~、千早~」


沙奈子の頬にスリスリと自分の頬を擦り付ける千早ちゃんに、大希ひろきくんの容赦ないツッコミが。


最初の頃、すごく大人しそうな印象のあった彼も、実際には割と快活でノリの良い部分があったらしい。僕たちに遠慮してただけで。それが家族同然に付き合うようになったことで、素の部分も見えてきたってことなんだろうな。


僕たちがいろんなことであたふたしている間に子供たちはどんどんお互いの距離を縮めてたってことなんだと思う。いつものように三人で料理を始めようってなった時、千早ちゃんが、


「沙奈、フライパン」


と、沙奈子にフライパンを出すように指示すると、沙奈子が、


「固いパン?」


と応えて、それに大希くんが、


「それ、フランスパン!」


とツッコんだ。


あんまりにも自然な感じだったから僕もすぐには気付かなかった。『あれ…?』って感じで微妙な違和感を覚えた時、玲那が言ったんだ。


「今、沙奈子ちゃん、ボケた…?」


それでようやく違和感の正体に気付いて、『えぇ~っ!?』って声には出さずに驚いた。


いつの間にそんなことになったのか、そもそも沙奈子がボケるなんて……!。


衝撃だった。僕や絵里奈や玲那と一緒の時にはそんなのしたことなかったのに。それなのに、千早ちゃんや大希くんと一緒の時には、すごく自然な感じでボケてた。自然すぎて思わずスルーしてしまうくらいに。


たぶん、誰かに見せるとかウケたいとか、そういう意味でやってるわけじゃないからなんだろうな。二人とやり取りする中で意識せずに出てくることなんだって思った。三人で一緒の時にはこれまでにもそういうのが出てたんだろうって感じた。


星谷さんが言う。


「沙奈子さんがボケるのは、運動会の後くらいからだったでしょうか、私も時々ですが見ました。勉強を見させていただいている時などに。


てっきりご家庭でもなさってると思っていたのですが、千早やヒロ坊くんと一緒の時だけだったんですね」


って。


「マジすか…!?」


玲那が唖然という感じで聞いた。


そうか…。今、三人の関係はそうなってたのか。あの子が、沙奈子が千早ちゃんや大希くんの前ではボケるとか、冗談を言うとか、そこまで…。


家族にも見せない一面というのがあの子にもあるって分かって、僕はむしろ嬉しかった。あの子がただただ大人にとって都合のいいロボットじゃないって確かめられた気がするから。


友達には見せるけど家族には見せない一面というのがあっても構わないと思う。もっとも、僕や玲那がいる前でそれを見せたってことは、別に隠してたわけでもないんだろうな。ただ、そういう流れにならなかったっていうだけで。


当然か。僕と絵里奈も玲那も、年齢的にはもう大人だ。いくら玲那に幼い一面があると言っても、本当に子供っていうわけじゃない。どうしたってノリや呼吸や発想が微妙にずれると思う。同じ歳の千早ちゃんや大希くんとは、そういうのが噛み合うんだろう。


まったく自然な流れで楽しそうに、三人は料理を始めてた。


クスクス、ケラケラと笑いながらも協力して作業を進める。沙奈子は決してニコニコ笑顔ってわけじゃないけど、ちゃんと輪の中に入ってる。千早ちゃんと大希くんが受け入れてくれてるのが分かる。それが嬉しい。


それもまた、大希くんの器なんだろうな。千早ちゃんと沙奈子っていう、境遇は近いけど自分の感情を外に向かって吐き出していく千早ちゃんと、内に内にと抑え込んでいく沙奈子とでは、正反対と言ってもいいくらいに違うタイプだ。そんな二人を諸共受け入れて、まとめあげてしまったのが大希くんなんだと思う。


彼には、そういう才能みたいなものがあるのかもしれない。


星谷さんは言う。


「ヒロ坊くんは、本当に不思議な人です。周りの人を穏やかにして、優しい気持ちにさせてくれる。以前にも言いましたが、彼と出会ったことで私は変わりました。彼に受け止められてしまって、私は変えられてしまったんです。


もちろんイチコの影響も大きかったですけど、やっぱり一番は彼だと思います。


私は彼が好きです。愛してます。彼のためだったら命さえ投げ出してしまうかもしれない。


とは言っても彼がそんなことを望むわけも喜ぶわけもないのも分かりますから、そこまではしませんが。それよりも、一緒に生きるために全身全霊を傾けるでしょう。


……実は昨日も、彼が私の背中を流してくれたんです。それを思い出すだけで体が燃えるように熱くなります。でも少しずつ、それに慣れていってる自分も感じます。彼と一緒にお風呂に入っても冷静でいられるようになった時、私の彼への気持ちが本物かどうかが試される気がしてします。


そうなった時に私がそれでも彼を好きでいられるのか、それとも一時の気の迷いだったのかが分かってしまうのでしょう。


私はそれが怖いと感じると同時に、知りたいのです。私自身の本当の気持ちを……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ