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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百八十 大希編 「この程度の犠牲は」

月曜日から木曜日まで、特にこれと言ったことは何も起こらなかった。淡々と毎日が過ぎていってくれただけで。


鷲崎わしざきさんからビデオ通話が届いたりもしたけど、無事に過ごせてますという報告だけで、特に問題もないみたいだ。結人ゆうとくんは相変わらずだけど大きなトラブルもないらしい。ただ、学校ではちょこちょこ他の生徒と小競り合いになったりもしてるらしいから、参観に行った時とかに学校側から注意はされたって。


結人くんのことを完全に止めるとかというのは、お酒を飲むとちょくちょくトラブルを起こすような人を止めようとするのに似ている気がする。トラブルを起こすからってお酒を無理に止めさせようとしても上手くいかないだろうし、閉じ込めておくわけにもいかない。それとか、運転技能に難がある人に自動車の運転をやめさせようとするのとかにも似てるのかな。危ないと思いつつも、力尽くでやめさせることもできない。


あと、ネットで暴言を吐いたりする人も同じかもって気がする。


本人が、悪いことをしてる、良くないことをしてる、危険なことをしてるっていう自覚がないとそれこそ周りが何を言っても駄目なんだ。ましてや自分が正しいことをしてるとか思い込んでたら余計に。


『お酒を飲んで発散してるんだから仕方ないだろ』とか、『自動車がなくちゃ困る』とか、『ネットで正義を成してるんだから当然だろ』とか思ってる人をどうやって止めればいいんだって話かもしれない。


結局、本人に、自分のやってることがどれだけ他人に迷惑を掛けてるとか危険だとかいうのを理解してもらう努力をするしかないんだろうな。


結人くんが学校で他の生徒と小競り合いを起こすのも、実際には相手の方から仕掛けてきてるらしい。以前、鷲崎わしざきさんが話してくれた同級生の子が特に結人くんのことを目の仇にしていて、何かと突っかかってくるんだとも言ってた。


そうやって他人に突っかかる行為も、たぶん同じだよね。やってる本人にはそうしないといけない『理由』があるんだろうな。それを言い訳にして自分を正当化してやってるんじゃないかな。


犯罪を暴くという結人くんの行為も、そこだけを見れば正義感からくる正しい行いに見えるかもしれない。でも、そういう都合のいい部分だけを切り取って称賛したり賛同したり持て囃したりっていうのも違うと思うんだ。鷲崎さんも僕たちも、結人くんが抱えているものを知ってる。彼のその行いが、単純な正義感でないことも感じてる。だから危ういんだって。


もしそれが本当に正義感からだったとしても、波多野さんが痴漢に飛び蹴りを食らわしてしまった時に彼女自身が言ったように、『悪いことをしているように見えた』だけでそれを犯罪と決め付けて攻撃を加えてしまうという可能性だってあると思う。波多野さんの時はたまたま本当に痴漢だったし、結人くんが自動車に飛び込んだ時のも本当に誘拐だったからよかったけれど、それが『痴漢に見えた』『誘拐に見えた』だけだった場合は、何も悪いことをしてない人に飛び蹴りを食らわしたりとか、当たり屋的にわざと事故を起こさせたりっていう行為でしかなかったはずなんだ。


本来は専門家であるはずの警察や検察でさえ冤罪事件を引き起こしてしまうくらいだから、普通の人が完璧に間違わないなんてことはないはずだよね。それで無実の人に飛び蹴りを食らわしたりとか、わざと事故を起こさせたりとか、それを『正しいことをするためにはこの程度の犠牲は仕方ない』とか言ってしまうのも、僕には正しいことだとは思えない。


結人くんの行為は、そういう危うさも秘めてるんだっていうのを僕は感じてしまうんだ。




二月二日。金曜日。明日は節分だけど、僕たちはあまりそういうのに興味がないからたぶん何もしない。誰も何も言ってこないし。


玲那ははしゃいでいいとなればやりそうでも、マンションだからね。騒いだら迷惑がかかるから。


それに、あまり周囲と軋轢を作りたくないという事情もある。変に注目されて去年の事件の元被告だなんて気付かれたりしたらそれも困る。


玲那への連絡先は、今はすべて弁護士さんのそれになってるそうだ。公的な通知とかはもちろん住民票を置いてる絵里奈の部屋に届くけど、私的なものについては荷物さえ弁護士さんのところに届くようにしてもらってるそうだった。


そこまでやらないと平穏な生活が守れないっていうのもどうかしてるとは思う。でも、残念だけどそういう世の中なんだな。


ちなみに、フリマサイトへの出品は絵里奈の名義で行ってるので、荷物の送り主も絵里奈ということになってる。玲那はあくまで管理を代行してるだけだ。


でも、売り上げは本当に順調なんだって。絵里奈の品物ももちろん人気だけど、沙奈子の作るドレスも大人気で、出品した端から売れていくって言ってた。品質が上がるにしたがって決して安い値段じゃない金額で出品してるのに。


もちろん、ちゃんとしたメーカー品とか人気の作家さんの作品に比べればずっと安くても、それでも気軽にパッと思い付きで買うにはちょっと躊躇う金額だというのも事実だった。


そしてその分、沙奈子の銀行口座の残高は、すごい勢いで増えていってた。十万円を軽く超え、そう遠くないうちに二十万円も超えるだろうって。


なのに沙奈子は、ドレスが売れたお金に手を付けるどころか、僕が毎月渡すお小遣いにさえやっぱり手を付けようとしなかった。あの子にとってはまだ、こうして普通に毎日が過ごせるだけで十分に楽しくて、お菓子や玩具に手を出す必要がないってことなのかな。


あと、材料費とかは絵里奈持ちだっていうのもあるのか。


さすがに中学生くらいになる頃にはそういうのも変わってくるかもしれなくても、おかしな形でお金を稼がなくても十分に足りそうだ。後は、騙されたりとかっていうのに気を付けないといけないのかな。


ただそれも、あまり喜ばしいことじゃないけど、沙奈子ならそんなに心配要らないかなって思ったりはする。あの子は今も、僕たち以外の他人を信用していないっていうのは感じる。相手をじっと見詰めて、その人が何を考えてるのか、自分にとって有益なのか有害なのか、はたまた重要じゃない存在なのかっていうのを見極めようとしてるんだろうな。相手の感情とかを敏感に察するところがあるから。


そんなだから『ロボちゃん』とか呼ばれたりっていうのはあるにしても、元々誰とでもきゃあきゃあテンション高く仲良くしたりっていうのがない子だし、本人もそう呼ばれることに対しては何も気にしてないみたいだ。他人から自分がそう見えることに納得してるって言うか。


でも、そういうのを気にしないでいられてるのも、大希ひろきくんや千早ちはやちゃんが学校で仲良くしてくれてるから、それ以上は必要ないんだろうなっていうのも感じるかな。



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