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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百七十八 大希編 「一人の人間として」

星谷ひかりたにさんは、玲那の事例をきっかけにして、『声』を失った人にそれを取り戻してもらうための道具を開発してるっていうことだった。弱視までは行かないけどそれなりに強度の近視や乱視が今では眼鏡やコンタクトの普及で、『障害』ですらなくなったように、『声』についても当たり前のように普通にしゃべれるようになることを目指すつもりなんだって。


それは、声帯が駄目になってしゃべれなくなった人だけじゃなく、どうしても不明瞭な発声しかできない人とか、『吃音症』の人とかにも有効に活かしてほしいと思ってるらしい。そのためには、眼鏡やコンタクトレンズほど簡単で気軽に使えるようでないと駄目だとも言ってた。それこそ、スマホのカメラで口の動きを読み取り、スマホにしゃべりかけるくらいの気楽さで使えるようにしたいって。


しかも、ちゃんとその人が伝えたいと思ってる感情まで再現できるほどに。


その実現までにはまだどれほどかかるか分からないけれど、星谷さんならいつか実現してしまいそうな気がする。


それだけじゃない。星谷さん自身はさらにその先の、義肢技術の向上や、介助や介護をサポートするための装置、ううんそれどころか、『介助や介護のためのロボット』まで視野に入れ始めてるらしかった。


『人間をサポートし、人間と生活を共にする、仲間のような存在。私はそれを『メイト』と仮称してますが、いずれは他人とうまく関われない人をサポートして人間同士の関係性を円滑にできるようなものも開発していきたいとも思っています』


とも語ってた。


もしそれが実現すれば、つい感情的になっていがみ合ってしまう人間の間に入ってコミュニケーションを穏やかにしてくれるようなロボットまでできるってことになるのかな。もしかしたら、子育てに悩む親のサポートをしてくれるロボットもできるのかも。そうすれば、虐待に苦しめられる子供も減るのかな。


さすがにそこまでは今の時点では夢物語だとは僕も思う。だけど星谷さんみたいな人が諦めずにその実現を目指してくれれば、いつかはって気もするんだ。


なんてことを僕が夢想してる間にも、玲那と波多野さんと田上たのうえさんの会話は盛り上がってるようだった。


「まあとにかく、痴漢とかぶっ飛ばしたいって気持ちは分かるけど、お互い、自重しような」


「はい、分かってます。でないと玲那さんにも迷惑かかりますよね」


「ホント頼むよって感じ。心配するこっちの身にもなってよ」


って感じで、やっぱり波多野さんはちゃんとわきまえてるんだなとは思った。その点でも結人ゆうとくんとは違う。


『悪いことをしてる奴だから何やったっていい』っていう考え方は危険なんだっていうのを、僕はこれまで間近で見てきた。玲那のこともそうだし、波多野さんのこともそうだし、田上さんの弟さんのこともそうだ。


『悪いことをしてる奴だから何やったっていい』って考えでそれを実行に移すと、でも無関係な他人からはごくごく一部分しか見えないから、事情の全部は分からないんだ。


それまでは一方的な被害者だったはずの玲那が、加害者のはずの実のお父さんを包丁で刺してしまっても『人殺し』とか『鬼畜娘』とか罵られたように、他人は自分の見たいところしか見てくれない。事件全体の詳細な内容や関係者のそれぞれの本当の姿なんて見てくれないんだ。


しかも、『悪いことをしてる奴』っていうのも実に曖昧でいい加減だと思う。それが許されない犯罪をしている人間なのか、それともただ単に自分にとって気に入らないことをしてるだけの人間なのかっていうのも明確じゃない。


だって、自分から見て不愉快とか気持ち悪いとかいうだけの他人を、集団で『気持ち悪い』とか言って袋叩きにするような人が、数限りなくいるんだよ?。そうやって袋叩きにすることを悪いとも思ってないんだよ?。そういう人が思う『悪いことをしてる奴』って、どんなのを言うのかな?。やってることは別に犯罪でもないのに自分にとってはムカつくことをしてる『悪い奴』だからってことで無茶苦茶したりするんじゃないのかな?。


『悪いことをしてる奴だから何やったっていい』って考えてる人は、それを言い訳にして無茶苦茶なことをするのがいるっていうのをまるで考えてないと思う。だから玲那も波多野さんも、『それじゃ駄目だ』って考えてるんだ。自分のやったことを正当化しないようにしてるんだ。


いずれは結人ゆうとくんにもそれを分かってもらいたいな。そのためにも、自分が無茶をしたら鷲崎わしざきさんが悲しむっていうことを分かってほしいと思う。




会合が終わって帰る時、大希ひろきくんがいつものように僕たちに向かって笑顔で手を振ってくれた。その笑顔が眩しくて、僕は少し胸が痛むのを感じた。皆が大希くんがしてもらえてるように接してもらえればずっと苦しみも減るんだろうなって思ってしまったんだ。


大希くんはただ、お父さんやお姉さんから、『一人の人間』として大切にされてるだけっていうのは見ていて分かる。そんな特別な扱いはされてない。すごくちやほやされてるわけでも、腫物を扱うような感じで接してもらってるわけでもない。ただただ、彼の人格を認めて受け入れてもらえてるだけなんだ。だからごくごく身近な人は誰も彼に対して意地悪なことをしないし、傷付けたり苦しめたりしない。本当に真っ当に人間として扱ってるだけなんだ。


そして、自分がそういう風に接してもらえてるから、それを真似して大希くんもみんなを真っ当に人間として扱おうとしてくれる。


彼がワガママを言わないのは、それを言う必要がないからなんだろうな。本来ならお母さんがいないことでそれに関係してワガママを言ってもおかしくないはずなのにそうじゃないのは、お父さんもお姉さんも、『自分の言うことは何でも文句言わずに従えというワガママ』を言わないからなんだろうな。


もちろん、もっと小さい頃にはワガママを言ったこともあると思う。だけどそれをただ『ワガママ言うな!』と理由も説明しないで抑えつけるというワガママな態度を山仁やまひとさんが取らなかったから、その真似をする必要がないんだろうな。


だけど、だからこそ苦しいんだ。山仁さんの息子さんとして生まれることができた大希くんはそうしてもらえて、沙奈子や玲那や千早ちゃんや結人くんはそうしてもらえなかったっていうことが……。


本当に、この世って不公平だよ……。


でも、不公平だからってそれを理由に世の中を恨んで憎んで復讐しようとするのも違うっていうのも感じてる。だってこの場合、一番不公平を感じているはずなのは、大希くんのお父さんである山仁さんなんだから。山仁さん自身が酷い親の下に生まれて苦しんだのに、それと同じことを大希くんにはしてないんだから。



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