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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百七十三 大希編 「本音をぶちまける」

玲那の言葉は止まらない。


「だってそうだよね?。そんなこと言ってる人が私を守ってくれるわけじゃないもん。沙奈子ちゃんや絵里奈やお父さんを守ってくれるわけじゃないもん。それどころか、そんなこと言ってる人がみんなを攻撃するんだ。個人情報をネットに晒して拡散して、『人殺しの家族』とか『こいつらも死刑にしろ』とか言うんだ。そんなこと、想像するだけで頭がおかしくなりそう。


だからさ。私は復讐しないんだ。『復讐は何も生まないなんて嘘だ』とか言う人の妄想なんか信じない。だって私は実際に復讐しようとして、そして世間から『人殺し』『死ね』『死刑にしろ』って言われたんだよ?。


おかしいよ!。


復讐することで区切りがつけられる?。新しい人生が歩み出せる?。そんなの嘘!。


だったら私はどうしてあんなに攻撃されたの!?。私はどうして世間から隠れるようにこそこそしなくちゃいけなくなったの!?。どうして沙奈子ちゃんや絵里奈やお父さんが攻撃されることを心配しなくちゃいけなくなったの!?。


アニメで復讐してるのを見てスカッとするとか、あんなの嘘!、大嘘よ!!。どいつもこいつも大嘘吐きだ!!。


ちくしょう…。バカヤロウ……」


……。


……。


それは、慟哭だった。


感情がこもってるはずのない機械音声によるテキストの自動読み上げのはずなのに、僕の耳には玲那自身の『声』が聞こえてた。聞こえてる気がした。


キーボードを叩きつけるようにして自分の感情を言葉にした玲那は、ボロボロと涙をこぼして震えてた。唇を噛み締めて。


どうして、僕はこの子のすぐ傍にいてあげられないんだろう…?。


どうして僕たちは離れ離れで暮らしてるんだろう…?。


すぐ隣にいてあげられてたら、抱き締めてあげることもできるのに……。


それが、『復讐の現実』なんだ。『神の視点』ってやつで事件の全容を見ることのできない他人から見た『あの殺人未遂事件』の現実なんだ。たぶん、これと同じことが今までにも何度も何度も起こったんだと思う。それなのに、無責任な他人はそういうことから何も学ばないんだ。


だけどそれも当然なんだろうな。だって僕だって玲那の事件があるまでは、そんなことほとんど考えてなかったし……。


少しは考えてたとしても、ぜんぜん実感がなかったし……。


でも、玲那の場合は、こうして自分の本音をぶちまけられるだけマシなのかもしれない。こうして本音をぶちまけることで自分の気持ちと向き合うことができて、そうして少しずつ少しずつ乗り越えてきたんだ。


きっといつもは、絵里奈がこの役目をしてたんだろうな。そして今日は、僕の役目だった。そういうことなんだ。


もし、これと同じことが結人ゆうとくんもできてたら、もしかしたら状況は変わるのかもしれない。けれどそれができる関係を築くことがまた、大きなハードルになってるのも実感だった。


「ごめん…、お父さん……」


しばらく経って玲那がそう言いながら僕を見た。ティッシュで涙を拭いて鼻をかんで、泣きはらした顔で。


「少し落ち着けた…?」


「うん。ありがと……」


それからは玲那が一方的に話すアニメ語りに耳を傾けて、完全に落ち着いたのを見届けてから、沙奈子の学校の自由参観へと向かった。その間もスマホのメッセージアプリは繋いだままにして、もし玲那から何かメッセージが入ればすぐに対応できるようにしておいた。


『お父さん』


とメッセージが入る。


『なに?』


と僕が応えると、


『なんでもな~い』


って玲那が返す。いつものやり取りだ。あの子はこうして、自分が一人じゃないってことを、僕がちゃんと見てるっていうのを実感してるんだと思う。この他愛ないやり取りの一つ一つが大切なんだって感じる。


『用がないなら話し掛けるな』とかいう親もいるかもしれないけど、僕はそれは危険な行為だと感じてる。子供が親に本音を打ち明けられなくなる第一歩だと思う。他愛ないことでもちゃんと耳を傾けてもらえると思えばこそ、なんでも話せるようになるんじゃないかな。『子供の話を聞く』ことを『子供の言いなりになる』ことだと思ってる人が多いのかもしれない。


でも、僕も実際に沙奈子と接してて分かったんだ。『話を聞くことと』と『言いなりになること』は明確に違うって。話を聞いた上でなら、『できないことはできない』とちゃんと言えばいいんだって。子供の方も、しっかりと話を聞いてくれた上でなら、納得はできなくても理解しようとはしてくれるって。


ここで大事なのは『話を聞いてるふりは、子供に見抜かれる』っていうこと。話を聞いてるふりだけで実際は聞いてないで『ダメ!』って言われると、子供の方も理解も納得もできないっていうこと。


当然だよね。大人だって、相手が話を聞いてるふりだけをして実際にはロクに聞いてないのに結論だけ言われても納得できないし。


もしかすると、親のそういう『話を聞いてるふり』を学び取った人が、他人の話を聞こうともしない人になるんじゃないかなとも思った。


たぶん、昔の僕もそうだった。他人の話になんか耳を傾けないで、心を閉ざして自分だけの世界に閉じこもってた。今もそれは大きくは変わってなくても、その自分だけの世界だったところに、少なくとも沙奈子と絵里奈と玲那と、鷲崎わしざきさんと、山仁やまひとさんたちだけは迎え入れてると思う。その分だけ、ほんの十数人分だけ、僕の世界は広がった気がする。


ここからさらに際限なく広げるなんてできないと思うけど、まだ何人か分くらいは余裕がありそうな気もしてる。その中に、結人ゆうとくんも入れればいいんだけどな……。


結人くんのことについてはこれといったいいアイデアは出ない。やっぱり、香保理かほりさんのリストカットの件と同じで、無理にやめさせようとしても上手くいかない場合の方が多い気もする。


となると、結人くんの目の届く範囲内でそういう事件が起こらないのを今は祈るしかできないのか……。


そんなことを考えつつ、沙奈子を見守る。相変わらず大人しいけれど、授業にはちゃんと耳を傾けてる様子が分かった。もしかしたら僕が沙奈子の話に耳を傾けるようにしてるのが、あの子が先生の話に耳を傾ける姿勢に繋がってるのかもしれないと思うと、少し誇らしい気分にもなれた。


今日はいつ参観してもいいという形の参観日だったからか、山仁さんとは会うことはなかった。たぶん、時間がずれてたんだろうな。


千早ちはやちゃんのお母さんについては、今も学校に来ることはないらしい。だから当然、参観にも来ない。それを山仁さんや星谷ひかりたにさんが代わりをしてる。今回は平日だから星谷さんは来られない。引き渡し訓練にも、山仁さんが大希ひろきくんと一緒に千早ちゃんのことも迎えに来ることになるそうだった。学校側ともそういう形で話はついてるんだって。



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