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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百七十二 大希編 「子供は親を」

二十二日。月曜日。今日からまた一週間が始まる。朝、何となく曇ってたから念の為に傘を持って出たら正解だった。沙奈子にも傘を持って出るように言っておいたのも正解だったと思う。何しろ、ちょうど学校が終わる頃が一番激しかった感じだし。


絵里奈の仕事が終わるのもちょうどそれくらいだから、大丈夫だっただろうか。


仕事を終えて会社を出たところで信号待ちをする間に玲那に電話をする。


「今から帰るよ。ところで絵里奈は雨とか大丈夫だった?」


『うん、大丈夫だったみたい。電話替わろうか?』


と、PCの方から打ったメッセージが届く。


「そうだな。お願い」


僕がそう言うと、少し間を置いて「お疲れ様です」と絵里奈の声が耳に届いてきた。それにホッとしつつ、


「絵里奈は雨は大丈夫だった?」


と聞くと、どこか嬉しそうな声で、


「ええ、大丈夫でした。ありがとうございます」


と返事が返ってきた。その声の感じに僕もなんだか照れくさくなってたら、


『へ~へ~、お熱いこって』


と、玲那からのメッセージが届いたのだった。




二十三日。火曜日。今日も朝から雨だった。気温もまた下がってきてる感じがする。でも雨が雪になる程は寒くないのかな。


とは言え、沙奈子の学校では、昨日からいくつかのクラスでインフルエンザによる学級閉鎖になってた。とうとう本格的にきてしまったのか。イチコさんは結局、インフルエンザじゃなかったからそこから広まるようなこともなかったけど、学校とかからもらってくる可能性もあるな。


ただ、イチコさんの時もそうだったけれど、熱を出した本人は休むにしても、その周りの人は、熱も出てないのなら休むわけにはいかないし、でももしかしたらウイルスは持ってたりってことも有り得るかもしれないしで、難しいところだと思ってしまった。感染症って、実は感染しててもほとんど症状が出ない人っていうのもあるらしいし。だからいくら気を付けてても、『感染してるけど症状が出ないからそれに気付かない人』がいてそこから広がるっていうのもあるんだろうな。


そうなると、完全に防ぐ方法なんてないってことになるのかなあ。なるべく気を付けるようにはしたいと僕も思うけど。


それも気になりつつ、今日は実は、沙奈子の学校で自由参観と防災訓練と引き渡しの訓練がある。去年はちょうどその日に鳥取で大きな地震があって緊張したのを思い出した。


今回はまた、僕が参観とお迎えに行くことになる。と言うのも、年度末に向けて有給休暇の消化を促されてたからそれを充てさせてもらったからだ。会社には同僚の休みに合わせて調節してもらえればいいと申請しておいたのが丁度この日に当たって、絵里奈に仕事を休んでもらわずに済んだ。


もっとも、絵里奈自身はぜひとも行きたかったらしいけどさ。


「う~ん、残念です。来年こそは…!」


とも言ってた。


だから今日は僕が沙奈子と絵里奈を、玲那と一緒に見送った。傘をさして他の子達と待ち合わせて、揃ったところで学校に向けて出発するのを、部屋の玄関から見届けた。出発する時に僕の方を振り返って小さく手を振ったから、僕も手を振り返しながら「いってらっしゃい」と小さく口にした。


沙奈子の姿が完全に見えなくなってから部屋に戻ると、玲那と二人きりになった。


「部屋で二人きりなんてなんか変な感じだね」


玲那が何とも言えない笑顔を浮かべながらそう言ってきたから、僕も「そうだね」と微笑み返した。二人きりと言っても、ビデオ通話の画面越しだけどね。


「ところで結人ゆうとくんの方は大丈夫なのかな」


そう話を振ってきた玲那に対しては、僕は「どうだろう」と応えるしかできなかった。鷲崎わしざきさんからは特にこれといった連絡はない。あの後にも少しだけビデオ通話で話もしたけど、それについての話はなかった。だから今のところは大丈夫なんだろうと思うしかない気がする。


「なんかさ、結人くんって、知れば知るほど大希ひろきくんと対照的だよね」


僕が思ってたことを玲那も言った。


「うん、僕もすごくそれは感じる」


「大希くんって、すごく穏やかで朗らかで、事情を知らなかったらお母さんを亡くしてるなんて全然分からないくらいなの、ホントにすごいと思う。山仁やまひとさんにそれだけ愛されてるってことなんだろうけどさ。


それに比べて、結人くんは大人から酷い目に遭わされてきて、お母さんにまで殺されそうになって……」


そこで玲那は言葉を区切って、何かに耐えるような表情になった。僕はそれを黙って見守って、彼女が自分で気持ちを整理できるまで待つ。


「……なんで、世の中ってこんなに不公平なんだろ……。大希くんはあんなにあたたかい家庭で守られて、私や結人くんはどうしてあんなだったんだろ……。


『子供は親を選んで生まれてくる』とか言う人がいるけど、私、それを聞くたびに殺意さえ覚えた時期があったんだ。今はもうどうでもいいって思えるようになったけど、あの頃も本当にヤバかった気がする。


だから私、結人くんの気持ちも分かるような気がするんだ。もちろん完全に分かるなんて言わないよ。だけど、仕返しとか復讐とかそういう意味で無茶なことをしたくなることは私にもあった。正直、中学や高校の頃に事件を起こさなかったのが不思議なくらい……。


それはまあたぶん、私が何も考えないようにしてたからなんだろうなっていう気もするかな。


そんな私が結人くんに言ってあげられることは何もない気がする。私が事件を起こさなかったのは、自分の努力とか我慢とかいう以上に、たまたまそういうきっかけがなかったからだっていう気しかしないんだ。何かきっかけがあれば、去年のことよりもっと滅茶苦茶なことをしてたかもしれない。


通り魔とかが捕まって『誰でもよかった』とか言うと、私も『すごく分かる!』って思っちゃったりもするんだよ。


それが良くないことだなんて分かってる。分かってるけど許せないんだ。あたたかい家庭に生まれることができた子がいるのに、私はどうしてこうなの?って思っちゃうんだ。そう思っちゃったらもう自分では止められない。だって、これ以上、悪くなりようがないんだもん。逮捕されて死刑になるならそれでもいいって思っちゃう気持ちだって分かる気がする。その方がずっと楽だって思えるんだ……。


今でも、私に酷いことをした人達を一人一人探し出して殺していくっていうのを夢に見ることがある。きっとそれは、私の中にある願望なんだろうな。それを実現したいっていうさ。


だけど、そんなことをしたらそれこそ沙奈子ちゃんや絵里奈やお父さんまで『人殺しの家族』って言われちゃう。


嫌だ……。


そんなの絶対に嫌……!。


そんなことになるくらいなら、我慢した方がずっとマシ。


無責任な人が『復讐するべきだ』とか言ったって絶対に嫌!。


だって…、だって……!」



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