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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百七十 大希編 「親であるだけで」

お昼前、いつものように千早ちはやちゃんが、


「やほ~!」


と元気に玄関を開けて声を上げた。普通だったら近所迷惑かなと思ってしまうところだけど、このアパートの他の住人の人たちは、沙奈子や千早ちゃんのすることについては大目に見てくれる人たちだった。もっとも、沙奈子は元から大声を上げたりしないけど。


「沙奈~!、さみしかったよ~!」


なんて、昨日の夕方から今まで会えなかっただけなのにそんなことを言いながら沙奈子の頬に自分の頬を擦り付けてた。見慣れた光景とは言っても、いつ見ても微笑ましいな。


そんな千早ちゃんに、


「こら~、さっさと入れ~、ジャマだ~!」


大希ひろきくんがツッコんでた。笑いながらだけど。


基本的に大希くんは沙奈子に次いで大人しい子なんだけど、親しくなるとこうやって割と遠慮なくツッコんだりもするみたいだ。特に最近は自我がしっかりしてきたのもあるんだろうな。自己主張もするようになってきたっていう話だった。それでもまだ、『ボーイッシュな女の子』にも見えたりする。根が柔和なんだ。いかにも男の子らしいガサツさみたいなものが感じられない。


だからふと、鷲崎わしざきさんのところの結人ゆうとくんと比べてしまう。鷲崎さんから聞く話と、ビデオ通話の時に画面の外から聞こえてくる、彼女を『おデブ!』と罵る声から受ける印象だと、大希くんとは本当に真逆の存在って気がした。


沙奈子が陰とすれば大希くんは陽だとも感じたけど、結人くんも間違いなく『陰』なんだろうな。しかも、明らかに不穏な意味でのそれだと思う。


お母さんを亡くしててもお父さんからとても愛されて育った大希くんと、今まで命があったのが不思議なくらいの虐待を受けて、特にお母さんから本気で殺すつもりで首を絞められたという結人くんが同じように育つはずがないのは分かっていても、その違いが悲しかった。


何度も何度も考えさせられる。同じように人間として生まれてきたのに、どうしてこんな風に違ってしまうのか。どんな親の下に生まれるかでここまで違ってしまうのか。


この世に平等なんて存在しないということを改めて思い知らされる。もし平等というものが存在するとしても、それは、『自分のことは自分で決められるという点において平等であるべき』っていうだけなんだろうなって思うんだ。そう、それですら、『平等であるべき』というだけで、現実には決してそれが完全には実現できてない気がするけど。


どんな駄目な親でも親であるだけで尊敬されたり子供が恩義を感じるべきだと言うのなら、結人くんの首を絞めて殺そうとした彼のお母さんや、沙奈子を捨てて行方をくらました僕の兄でも尊敬されたり子供が恩義を感じるべきだと言うんだろうか。


僕はそうは思わない。子供の方が自然と尊敬できたり恩義を感じられたりする親になる努力を、親の側がするべきだと思うんだ。『尊敬しろ』『恩義を感じろ』と強要するのは、むしろ駄目な親を甘やかすことにしかならないとやっぱり思う。そしてそれは、学校の先生や会社の上司や指導者と言われる人たちや政治家とかにも当てはまるんじゃないかな。ただ先に生まれたというだけの理由で敬われるなんておかしいよ。敬われる人は、ちゃんと敬われるべき理由が必要だと思うんだ。


別に、たくさんの人から敬われる必要はないと思う。ただ、自分の子供とか生徒とか部下とか後輩とか、身近な人からそう思われる自分であろうとすることで、成長できるんじゃないかな。


なんてことを思いながら千早ちゃんたちが料理をしてるのを見てた。今日は餃子だから、タネができれば僕と星谷ひかりたにさんも手伝うことになる。


そう言えば星谷さんは千早ちゃんや大希くんから尊敬されて慕われてるけど、それは彼女自身がそうあろうと努力してるからっていうのもあるんだろうな。千早ちゃんにとっての『お母さん』であり『お姉さん』であり、大希くんにとっての『人生の先輩』として。星谷さんはいつでも二人にとってそういう存在であろうとして努力してるんだ。そこがまた、彼女のすごいところでもある気がする。


以前は思い上がってるところもあったと星谷さん自身が言ってたけど、正直、そんなことがあったなんて今の彼女からは信じられないとも思った。本当、何かの間違いじゃないかって。だけどそれは事実で、だからこそ彼女はそんな自分自身を恥じて改めようとしてるんだ。それがまた、千早ちゃんや大希くんからは、ううん、僕から見ても尊敬に値する面だと感じるんだ。


自分自身を省みて、駄目な部分は改めようと努力する。


多くの人が『無理』と諦めて『仕方ない』と言い逃れようとすることを、彼女はやってみせている。それを目の前で見せられてるから、星谷さんのことを尊敬できるんだ。


逆に言えば、自分のマズイところを自覚して反省して改めることを『無理』とか『仕方ない』とか言って自分自身を甘やかしてるような大人は、子供から見ても尊敬できないし、そういう先輩とか上司とか先生とかを尊敬なんてできないよね。そしてそれは、他人から見た自分のことでもある。


そうは言っても、自分の駄目なところをすべて直すとか完璧な人間になるとかなんていうのも現実的じゃないよね。だって、星谷さんでさえ、学校でのイチコさんたち以外の生徒たちからは『お高くとまってる』とか『賢い自分を鼻にかけてる』とか見られてるそうで、そんな風に見られないように改めるっていうことまではできてないんだから。


ただ、誰かを傷付けたり苦しめたりするような、特に問題になる部分についてそれを改めていくのは大事だと思う。ちょっとだらしないところがあるとか、うっかり屋さんだとか、そのくらいなら限度を超えなければ『お互い様』で済むと思うし。


ってことも大事だけど、今はちょっと星谷さんに相談したいことがあるんだった。結人くんのことについて。さすがに星谷さんでも答えが出せると思ってなくても、何かヒントになることでもと思ったんだ。


「実は、星谷さんに相談が…」


そう切り出した僕に、彼女は慌てることもなく、


「はい、なんでしょう?」


と落ち着いて応えてくれた。


「僕たちの知り合いの鷲崎わしざきさんが一緒に暮らしてる男の子のことなんですけど、彼、どうも少し無茶なことをしてるらしいんです」


「無茶なこと?。どのようなことでしょうか?」


「はい、それが、痴漢とかの犯罪をしてる人を探し出してはそれを暴いてって感じらしくて。


そのこと自体は決して悪いことだとは思わないんですけど、その方法が無茶って言うか……」


「…具体的には?」


「去年にも、五年生になる直前くらいに、同じ学校に通う女の子が誘拐されそうになった時に、その犯人の運転する自動車にわざとぶつかって事故を起こさせてってしたらしいんです」


「!?」


僕がそう説明すると、さすがに星谷さんも驚いたような顔になったのだった。






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