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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百六十六 大希編 「友達として」

十九日。金曜日。今週も今日で終わり。イチコさんの熱の原因は、この時点では分からなかった。昨日は起きることもままならないくらい辛かったということで、やっぱり今日の夕方に診察を受けに行くことにしたらしい。大きな病気じゃなければいいんだけど。


ただ、本人の様子は、熱が高くて大変だったのはそうでも、何か危険な印象はなかったってことだった。山仁やまひとさんの場合は、ガンで奥さんをなくしてるから、その時の奥さんの様子を間近で見ていて、それに比べれば顔も熱で赤いだけだし寝息も落ち着いてて不安は感じなかったって話してた。


でもそれで不安が減ってるっていうのは皮肉な話って気もする。


僕たちの方はいつもと変わらず仕事に行って学校に行ってってなった。仕事はいつも通りに淡々とこなして、昼食の時、玲那にメッセージを送った。


『何か変わったことはない?』


するとすぐに、


『大丈夫だよ~』


って返事が帰ってきた。それを見てホッとする。絵里奈や玲那と話はできないけど、それだけでも気持ちが落ち着く。


午後からもひたすら仕事をこなして、定時に会社を出た。


信号待ちをしている時に玲那に電話を入れる。


「今から帰るよ」


またすぐ、『お疲れ様』ってメッセージが帰ってくる。


バスの中で玲那とやり取りをして、最寄りのバス停で下りて、山仁さんの家に向かう。


「おかえり」


「おかえりなさい」


大希ひろきくんと沙奈子がそう言って出迎えてくれた。奥から「おかえりなさい」と山仁さんも出てくる。


「イチコさんは大丈夫ですか?」


そう尋ねる僕に、


「ついさっき、かかりつけの医院に行ったところです。熱はかなりマシになったようですが、まだ体はだるいようですね。香苗ちゃんが念のために付き添ってくれてます」


と答えてくれた。そうか、波多野さんが。それでも、自分で自転車に乗って診察を受けに行けるなら、確かに回復してるんだろうなとは感じる。


「大希くんは大丈夫?」


今度は大希くんにそう尋ねてみたけど、彼はニカッと笑って、


「ぜんぜん大丈夫!」


って張りのある声でそう言った。なるほど大丈夫そうだ。沙奈子もうつったって感じはしない。看病していたはずの山仁さん自身も特にいつもと変わらなかった。


千早ちはやちゃんはもう帰ったんですね」


「ええ、星谷ひかりたにさんが迎えに来てくれて、送って行きました」


昨日に続いて彼女の顔が見られなかったことが少し残念に思える。ほとんど毎日、顔を合わせて挨拶も交わしてたから。もしかしたらもう既に、自分の両親と話した以上に言葉を交わしてるかも知れない。それを思うと、本当に僕の両親は何をしてたんだろうなって余計に思ってしまった。自分の子供にこの程度の手間も惜しんで、結果的に自分達が死んでもそれを『清々した』と思ってしまうような関係にしかなれないで、しかもそうまでして力を入れた兄はああなってしまって……。


あの人たちの人生は、一体、なんだったんだろう……。


なんてことを考えてると、大希くんが僕の顔を覗き込むようにして言ってきた。


「大丈夫?。小父さん」


ああ、この子は、こんなに人の心の機微を感じ取れるんだな。って、改めて思った。ちゃんと相手の顔を見て、表情を見て、仕草を見てってしてるんだ。家族や身近な人とずっとそうしてこれたから、彼にとっては相手の何気ない表情から察することは普通なんだ。


僕の両親と山仁さんの違いに、苦笑いしか浮かんでこない。


「ああ、ありがとう。大丈夫だよ。心配してくれたんだね」


それでもなんとか精一杯の笑顔を作ってそう返した。


「イチコの方はインフルエンザかどうか今日判明するかもしれませんが、私たちも各自気を付けないといけませんね」


山仁さんの言葉に頷きながら、僕は沙奈子を促してた。帰るために。


「またね~」


ニコニコと屈託のない笑顔で手を振ってくれる大希くんに手を振り返して、穏やかな目で見送ってくれる山仁さんに軽く会釈して、僕と沙奈子は山仁さんの家を後にした。


夕方とも夜とも判別の付かない薄暗がりの中を、手を繋いで歩く。


「大希くんって優しいね」


そう話しかけると、沙奈子も「うん」と頷いてた。だからちょっと思い切って聞いてみる。


「沙奈子は、大希くんのこと、好き?」


それに対しては躊躇うことなく、


「好き」


って応えてくれた。だから僕はもう少し踏み込んで、


「男の子として?」


と尋ねてみる。だけどそれには少し首をひねって、


「友達として好き」


との答えだった。僕の質問の意図は、この子にも伝わったんだろう。その上で『友達として好き』って答えたんだっていうのが分かった。


そうか、やっぱりそうなのか。


だから少なくとも今は、彼のことを異性としては意識してないんだろうな。これから先、その認識が変わってくることはあるとしても、でも何だかもう脈はなさそうだなっていうのを、特に根拠はないけど感じてしまった。


大希くんなら安心なんだけどなあ。


なんてことも思いつつ、星谷さんの真剣さも思い出して、


『星谷さんがライバルになることを思ったら、その方がいいのかな』


とも考えてしまったのだった。




アパートについて絵里奈や玲那とビデオ通話で顔を合わせて、お風呂を沸かし始めて、沙奈子と一緒に夕食を用意して食べてとしてる時、僕のスマホにメッセージが入った。波多野さんからだった。


『イチコの熱の原因、本日は判明せず。インフルかどうかも分からないって』


グループ宛てのメッセージだったから玲那もそれを見てて、すぐに返信してた。


『インフルかどうか分からないって?』


『うん。簡易検査じゃ分からない種類のインフルもあるからだって。明日また聞きに来てって言われた』


『そうなんだ。大変だね』


『明日は土曜日で午前しかやってないしね』


そこに星谷さんが加わった。


『では、明日の予定はどうしますか? カナ』


明日も例の旅館に予約を入れてたから、それについてのことだった。


『イチコは行けないけど、みんなは行ってきてって言ってたよ』


『イチコはそれでいいんですか?』


『うん。是非そうしてって。自分の所為でみんなが行けないのは嫌だって』


『分かりました。それではそのように』


という訳で、明日はイチコさん抜きで旅館に行くらしい。イチコさんがそれを望んでるのなら、そうした方がいいんだろうな。


『じゃあ、みんなは旅館でゆっくりしてきてね』


波多野さんと星谷さんのやり取りを見てた玲那がそうメッセージを送って、『はい』『ありがとうございます』と二人が締め括って終わった。


それにしても、簡易検査でインフルエンザかどうか判明しなかったのか。イチコさん本人が回復してきてるのならそんなに心配要らないかもしれないけど、はっきりしないというのはなんだか宙ぶらりんで落ち着かないな。


明日にはちゃんと判明してくれればいいんだけど。



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